第16話「呪いの種」


「っば! お前なにやって……!」


 エステルの眼を見て、油断したと思わざるを得なかった。

 虚ろな目は焦点があってなく、遠くを見つめている。

 正気ではない。


「くそっ」


 エステルが持つ種を叩き落とすと、種を飲み込ませまいとすかさず首を強く絞めた。


「っゔぐ」

「おい!」


 今エステルはどういう状態なんだ。

 虚ろな目は変わらずだが、首を絞められ苦しそうに眉間に皺を寄せている。


 もっと、熟慮すべきだった。

 母親に抱かれる程幼い子供が、この大きさの物を飲み込んでいるんだ。

 幼児がなんでも口に入れるにしたって、故意に飲ませるのは難しいはずなんだ。


 手に持つと催眠状態のようになって意思関係なくこれを飲み込んでしまうのか?

 いや、今はそんな事は置いておけ、まずはエステルだ。


 少し力を入れれば折れてしまいそうな首を慎重に絞め、強引に嚥下させないようにする。


「おい! おい!!」


 エステルを大きく揺さぶり、額で額を打つける。

 その衝撃が功を奏したのか、エステルの眼に光が戻った。


「んン゛!」


 とても恐ろしいものを見るかのような目が向けられる。

 エステルの瞳には首を絞める俺が映っていた。


「吐き出せ! 口を開けろ!」


 気が動転しているのかふるふると首を横に振るばかりだ。

 時間がない。

 このままだと俺がエステルを絞め殺してしまう。

 かといって、首を絞める力を緩めれば種を飲みかねない。


「っ! 噛むなよ」


 咄嗟の判断でエステルの口を口で塞いだ。


「っ!!!!??」


 エステルが眼を見開き、苦しいとは別の意味で唸る。

 俺はそれを無視して、遠慮なく。そして容赦なくエステルの口内を探り周り、目的の物を見つける。

 上手い事それを引き寄せ、自分の口内まで持ってくると、エステルから手を離し、種を素早く吐き出した。


「かはっ!? げほっ! けほっ!」


 膝から崩れ落ちるエステルを尻目に、剣を抜いた。

 あの白い魔物から盗った一振りだ。


 吐き出された種からはニョロニョロと細いツタが触手のように蠢き、エステルを目指して地を這って行く。

 それを両断するのをグッと思い留め、リエストを唱えた。


 バーサタイル・ルーペと言う鑑定アイテムを呼び出す。

 これを使えばありとあらゆる物の情報を読み取ることができるのだ。

 親指と人差し指で輪っかを作った程度の拡大鏡越しに種を覗き見る。

 すると、視界に膨大な量の文字が綴られたテキストが浮かび上がった。

 テキスト横にあるスクロールバーを見ても、読み終えるには相当な時間を要するだろう。


 しかし今は悠長にコレを読んでいる時間はない。

 拡大鏡の側面にあるダイヤルを回して、情報を簡約して行く。

 めいいっぱい簡約された数行のテキストを読んでから、拡大鏡の先にある種を両断した。


 エステルから叩き落とした種も一つ残らず踏み潰す。


「大丈夫か?」


 振り返ると未だ息を整えようと、ウデを地面に突き、吐息しながら胸を大きく上下させるエステルがいた。


「う、うん。でもなんで私……」

「どうやら、無意識に飲み込むような呪いがあったらしい。首見せてみろ」


 エステルの顎に優しく手を当て、持ち上げる。

 垂れた長い髪をかきあげて首元の様子を見ると、俺が絞めた痕跡が痛々しく残っていた。


「悪い。加減したつもりだったけど、だいぶ赤くなってるな。念のためしばらく横になった方がいい」


 咄嗟のことで絞めてしまったが、首はデリケートな部分だ。気道が塞がるのはもちろん、動脈や性脈など、様々なものに影響があると聞いたことがある。

 ど素人の知識しかないが、少しの間は安静にしておいた方がいいだろう。


「どうした?」


 動かないエステルに、首元から眼に視線を移すと、潤んだ目で呆けていた。


「おい」

「え? あ、うん。横ね」


 いそいそと横になると、ギュッと眼を瞑るエステルの顔は少し赤くなっていた。


「……」


 俺も長く旅をしてきている。

 最初こそ鈍感系だったが、ある程度の経験を積んだ今となってはエステルの状態はなんとなく想像がついていた。


 何も知らない乙女の唇を奪ったと言えば、字面だけならともかく、実際はロマンチックなものはない。人工呼吸と同じようなものだ。

 それでも、やっぱり意識してしまうのも理解できる。


 ま、意識されるのも最初だけだろ。

 それよりもだ。


 問題の種について、簡略した文にはこう書かれていた。


 〝命に根を張り、命の果実を実らせる樹の種。〟


 命の果実とはなんなのか。

 聖女はなんのために、生きたまま木に変えてしまうような事をしてまでも、命の果実を必要としているのか。

 

 まずは聖女に会ってみないと始まらない。

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