第28話

「英語でしゃべってて、かっこいいって思ったよ」

秋村が執着している元カノと、付き合って間もなくの夏の夜、雰囲気の良い屋外の六本木ヒルズの毛利庭園でディナープレートを食べていたとき、ふと席が一緒になった外人と英語で話した。どこかヨーロッパの外交官で赴任しているようだった。場所柄、海外の外交官などが多いのだ。

帰り道、彼女が「英語でしゃべってて、かっこいいって思ったよ」と言ったとき、彼女が自分より「弱い存在」であるように感じて、「守っていきたい」という何か少し切ない気持ちが生まれたことを、秋村はふと思い出した。

付き合うまでは、男が女を追いかけることが多い、セックスすれば女が男を追いかけ始めるが、それでも「落ちた」ところまで行くにはまだ時間がかかるものだ。

後で別れる頃「最初はそんなに好きでもなかった」と言っていた。

秋村自身などより社会的ステータスにメリットを感じていたのだろう。しかしその「英語でしゃべってて、かっこいいって思ったよ」という言葉を聞いたとき、ふと秋村には直感的に「落ちた」と感じられた。

そして、なぜか彼女が自分より「弱い存在」であるように感じて、「守っていきたい」という何か少し切ない気持ちが生まれた。


その直感に従っていれば、今ころ秋村は「幸せ」になっていただろうに。


その女らと会った日の夜、秋村はまた別の女と会うために池袋駅西口のルミネの出口、Esolaのあたりにいた。

普段は意識しなかったが、ふとそのあたりは、その元カノと復縁したとき、再会した場所だった。そして1ヶ月も経たず破談になったのだ。

秋村は切ない気持ちになった。


その元カノと別れた頃は、秋村には、もっといろんな女性と付き合って遊びたい、みんな遊んできたのに自分は最初から結婚なんて悔しい、という気持ちがあった。

当時は、今も?、女をとっかえひっかえして遊んでいる男の武勇伝、テクニックなどが、メディアやSNSに溢れていた。そして学生時代もあいつは3Pしたとか何股してるだとか、そういう話を聞いていた。そのコンプレックスが、劣等感が、秋村をそういう考えにしたのだろう。誰も「幸せ」について教えてはくれなかった。振り返れば、ただただ愚かだった。

前述のように男を2つに分けるなら、後者は20代後半で経済力や社会的ステータスを手に入れてから、そこで「初めて」経験する遅咲きの青春を、掴み取らないといけなかった。過去のコンプレックスなど忘れて。

男を2つに分けたときの前者は、中学高校のときに青春があるだろうが、後者は20代後半で青春が来ても不思議ではないのだ。

そして、あの頃、六本木ヒルズの毛利庭園でデートしていたときは、秋村にとっては、文字通りの「青春」だった。


「え、遅くない、いまさら?そういうのって10代でやってることじゃない?」

その頃、出会った別の女にそんなことを言われたこともあった。

それは前者のことで、後者の生き方もある。そこにコンプレックスを感じて、10代の「青春」を取り戻そうとするなど、ただただ愚かだった。


“Done is done”

「今は何も未練はないです。というか過去付き合った人に何も思ってないです」

秋村が何を思ったところで、その元カノも100%そうだ。

秋村は過去は過去、と割り切って今と未来を生きなければいけない。

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