第21話
「えー久しぶり!連絡ありがとう」
その相手と好意的に連絡がつながったことが、秋村は半ば信じられないような気持ちだった。
もし20年前の秋村にこの出来事を伝えたら、彼は狂喜乱舞したことだろう。
彼女は秋村の初恋の相手だった。
しかし初恋と言っても、ただの片思いで苦い思い出しかなかった。
田舎の高校で、いわば思春期だった秋村は彼女が好きだった。
片思いしていたら、別の同級生と付き合ってしまい、ひどく傷ついた秋村は、感情的に執着してしまった。
秋村が彼女について覚えていることといえば、彼女が付き合った同級生と帰りの電車で楽しそうに話しているときに、少し離れた車両で打ちのめされていた自分。
学校の行事で旅館かどこかに宿泊したときに、やはりその2人が仲良くしているところを見て打ちのめされた記憶。
彼女はいわばその田舎の高校で、勉強を頑張って進学を目指すグループの内では高嶺の花だったから、秋村以外にも彼女が好きだった同級生がいて、あーあ、あいつと付き合っちゃったのかよ、とお互いに話した青春の1ページのような記憶もある。
あとは彼女の前で挙動不審になってしまい「気持ち悪い」とささやかれてしまった記憶。それは思春期特有の自意識過剰からくる妄想だったかもしれないが、そう聞こえてしまうほどに秋村は、当時その片思いと失恋に打ちのめされていた。
ああそうだ、と秋村は思い出した。秋村は高校3年生のとき留年してしまったのだが、留年した翌年に、東京の有名大学に合格した彼女が、卒業生として全体集会で講演会の壇上に立って話すことがあり、彼女が卒業生として壇上にいるのに、自分は留年して一生徒として聞いていることに惨めな気持ちになったこともあった。
彼女は卒後に講演会をするような優等生であった。
彼女が付き合った男は学年で1番成績優秀な同級生で、容姿は良いとはいえなかったが、真面目すぎず話も上手だった。
今から思えば、そもそも男女の恋愛は、圧倒的に女性が売り手であって、女性が選ぶ立場なのだから、彼女が学年で1番成績優秀な彼を選んだのもある意味納得のいくことだった。
思春期の男は、秋村と同じように、初恋が叶わず悔しい思いをする方が大多数だろう。いまの秋村が当時に戻れたら、そのようにメタ認知して、大人になって稼いで見返してやる、くらいの気持ちでやりくりできたのだが、当時の秋村はそんな知恵もなく、ただただ打ちのめされ惨めな気持ちだった。
その2人はどちらも東京の大学へ進学したから、早々に結婚して幸せになるものだと思っていたが、その後何年もしてからSNSを覗いてみると、果たしてその男は別の女性と結婚していた。
なぜだろうか?ただその理由は秋村には知り得なかった。秋村は、もともと優等生タイプだったのに高校3年生で留年していたから、彼女たち同級生とは恥ずかしくて会いたくないと思っていたからだった。
「20年後」というオーヘンリーの名作小説がある。川端康成の「雪国」といった文学作品が起承転結がはっきりしないのに対して、オーヘンリーの作品は起承転結がはっきりしている。秋村はオーヘンリーの小説が好きだった。
それを意識していたわけではないが、偶然卒業して20年近く経ってから、秋村はSNSで彼女に連絡を取ってみたのだった。その結果は秋村にとってとても意外だった。返事がないだろうと思っていたのに、直ぐに返事が来た。
全く予想していなかった態度で、彼女はせわしなくメッセージを送ってきた。いまは無職で就職活動をしていると言う。SNSの投稿を見ると何かネット記事のようなページを頻回に投稿している。
ふつうSNSには自分の価値を上げるようなポジティブな投稿をするものだし、ましてや秋村たちのような用心深い性格のグループでは、結婚や出産といったことですら、周りにプライベートを知られたくないためか投稿しない人も多かった。それなのに彼女はネット広告のようなページを頻繁に投稿していた。まるでマルチビジネスに騙された人がやるようなことだ。高校時代の彼女はそういったことは決してしないタイプだったのに。
SNSの写真を見ても女っ気がなく、理系女子といった印象であった。
こんな女に俺は執着して打ちのめされていたのか?と秋村はびっくりした。
今思い返せば、それは半ば思春期のホルモンのなせる技だったのだろう。
当時彼女の何が好きだったのか言語化するなら、その田舎の高校では可愛い方だったとか、頭が良かったとか、そんな表現になりそうだが、しかし今思えば、思春期のホルモンの力によって「恋に恋する」状況だったのかもしれないと、秋村は思った。
彼女たちが破局して結婚しなかったのも、実は高校のときは制服補正やらプレミアがあって誤魔化されていたが、彼女はあまり女性として魅力的ではなかったのかもしれない。
彼女はこの返信内容から推測すると結婚していないだろうから、30代半ばの年齢で、結婚していないことに焦っているのかもしれなかった。さらに無職であれば、優等生であった彼女からしたら、焦りや劣等感があるのかもしれない。
秋村は全く期せずして、まるで「大人になってから見返してやる」ということを果たしているような気持ちだった。
写真を見る限り、30代半ばの彼女に性的な魅力は感じないのだが、しかし秋村にとって過去の劣等感があまりにも強かったものだから、興味本位で秋村は彼女と会ってみることにしたのだった。
子どもを作りたいと思うような本命か、すぐやれそうな脈アリ以外は、時間を使わないと思っていた秋村だったが、高校のときに強く執着して、神聖化さえしていた彼女が、30代半ばで売れ残りの独身となって、ありふれた焦りや劣等感に苛まれ、男の社会的ステータスなどに心を動かされてしまう俗人になった様を、眺めてみたいと、悪趣味に思ったのだった。
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