第12話
がっかりよりも怒り。
そこで秋村は恋愛や婚活を始めた頃の過去の記憶を思い出したのだった。
毎回食事代をおごり、あれやこれやとチヤホヤしても、女は捕まらず、むしろこちらが下手に出て次会えるのはいつかと聞けば聞くほどに、相手は自分が求められていることに満足して逃げていく。
そこに怒りを感じて、秋村は3回というマイルールを作り出したし、社会的に自分より格下の女を狙うようになったのも、その怒りが理由だった。
その原点にあった怒りを、秋村はある意味幸い忘れていたのだが、今回思い出したのだった。
その強い怒りの感情から、そうだ次は1回目で荒いアプローチをするのではなく、まるで良心をもっているように装って、何回か辛抱強くアプローチして、その実相手を搾取してやろうと、心に決めた。
そしてビジネスでも、あからさまに詐欺をする人より、道徳感を持っているようでいて、ボーダーラインが曖昧なほうが成功するということと似ていた。それはなぜかというと、あからさまな詐欺は、本人は隠しているつもりでも、やはり気づかれてしまうものなのだ。しかし曲がりなりにも道徳感をもっていると、それが気づかれずらい。つまり自己欺瞞というやつで、自分すら「これは詐欺ではない」と騙して誠実に振る舞っていると、相手にも詐欺だと気づかれないのだ。たいていビジネスは、利益が出るなら、あらゆる手段をとってこそ拡大できるものだから、しっかりした道徳観を持っていたら、成功することはできない。まるで道徳感を持っているように振る舞うのに、そのボーダーラインが曖昧で、グレーなところを良心の呵責なく行動できる人がビジネスで成功しているのを、秋村は知っていた。
以前の苦い経験から、付き合っている女がいないなら、まずは付き合いたいと思う女性よりも格下の女をつかまえて、余裕を持ってから、格上にチャレンジするのが常道だと、秋村は考えていた。
そして実際、過去の記憶を思い出しても、さきの4つ上の女性を捕まえてから、そのあとの女をうまくつかまえたのだった。
当たり前だが、いろいろ苦い経験をした今の自分が、当時の若い頃に戻ったら、もっとずっとうまくやれるのに、そしてそれはちょっとした知識の差でしかないのに、ときおり秋村はそう思う。でもそんなこと言ったら、みなそうなのだ。
マシュマロテストという心理実験がある。
これは正確には子どものときの自制心と、大人になった後の社会的成功の因果関係についての実験なのだが、ここで秋山が言いたいのは、欲求不満に晒される環境にいることの不幸と、あえて欲求不満に晒されない環境へ移動することの幸福についてだ。
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