第7話

それは端的に言えば、前に付き合っていた、自分にとって一番良かった女のことを、忘れることができず、その女が新しい男に上書きされ、子どももできて幸せになっていることを「一生後悔」していたからだった。


だからといって、そんな不道徳なことが許されるわけはなかった。


有名な「グレート・ギャツビー」という小説のあらすじは、大まかには、ほかの男と結婚してしまった過去の恋人を振り向かせるために、主人公ギャツビーが、金持ちになって、毎日豪華なパーティーを開催するというものなのだが、それは悪いことじゃないだろう。


しかし秋山の行動は、陰湿でジメジメしていて、社会に公にしたら、先の著名人のように社会的な制裁を受けて然るべき行動だった。


秋山がその女性への未練で強く悩んでいたとき、懇意にしていた中年女性に相談したことがあった。

「秋山くんが本当にその女性を愛しているならば、いま復縁を無理強いすることは相手のことを考えていない行動です。人生は長いです。私は、本当に思っていた女性が、子連れで離婚してから、再婚して結ばれた男性を知っています。秋山くんが思っている彼女も、10年も20年も経ってから、また独り身になったりするかもしれません。そして彼女が必要としているときに、再度アプローチして一緒になれるなら、それは本当にその女性を愛しているということでしょう。そうでないのなら、秋山くんのその感情は愛ではなく執着ではないでしょうか。」

その中年女性はそのように秋山にアドバイスをくれた。


馬鹿らしい。

秋山はそう思った。

他の男と結婚しただけならまだいい、けどもう子どもがいるのに再婚なんて、托卵と一緒じゃないか。

俺はまっぴらごめんだ。


だから秋山自身はもうその女性と復縁したいとは思っていなかった。

ただ、その「傷つけられた自尊心」を何かの形で取り戻したいと、いつもふと苦しい気持ちになるのであった。

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