第3話
夕食が出来るまでの時間を使って、自己紹介の続きが始まった。
「えーっと、じゃあ俺からね。市村
みのりは車に乗せてもらった礼を再度伝えながら差し出された手を握った。
「あーしは凛、佐竹凛。高校一年生のJKだよ。よろしくね、みーちゃん」
み、みーちゃん?! といきなりの呼び名に面食らいつつ、それが今時の女子高生のノリなのかと勝手に解釈しながらお辞儀した。
「私は
「よ、よろしくお願いします!」
紀子さーん、と航也に呼ばれてキッチンから明るい返事がする。またスリッパをパタパタ言わせながら女性が走って来た。
「松本紀子です。ここの主婦みたいなことをしてるから、よろしくね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「本当はあともう一人いるんだけど、まだアルバイトから帰ってきてないの。帰ってきたら紹介するわね」
「んで、さっきから他人みたいな顔してるあれが、江藤たつき。こら、たつき、自己紹介くらい自分でやれ。本当にお前は凛より手がかかるな」
航也に揶揄われてむっとしたように立ち上がったたつきは、ズカズカと大股でみのりに近づいてきた。すぐ目の前で立ち止まると上から見下ろしてくる。改めて見るとみのりより頭一つ分背が高かった。
「荷物は」
「……え?」
「あんたの荷物、取りに行くぞ」
「え、あ、あの、ちょっと」
面食らうみのりの手を掴んで再び出口へ向かって歩き出す。途中で車のキーを掴むと先ほど航也が運転していた車に乗り込んで、二人は出発して行った。
残った四人は、みのり以上に驚いた顔をしていた。
「まーたたつきが暴走してるな」
「つかさ、航ちゃん気づいた? たっちゃん、みーちゃんの手掴んでたよ」
「私も驚きました。お二人の出会いも、たつきさんがみのりさんを助けたってお話でしたよね」
「何があったのかしら……」
◇◆◇
みのりの現住所である借り上げ社宅のマンションに到着すると、管理人が慌てて出迎えた。
「吉永さん、どうしたの一体。会社から連絡もらって、あたしゃびっくりして」
管理人の男性は心から心配しているようにみのりを労わってくれた。ここに唯一の味方がいてくれたことが分かって心から嬉しいと感じる。
「すみません、事情があってここを出なければいけなくなりましたので、私物を取りにきました」
「今から? そんな、全部なんて持っていけないでしょ」
「俺が運ぶ。どこ」
唐突に横から割って入って来たたつきに驚いた管理人が、誰? という顔でみのりを見たが、みのりはお辞儀だけしてエレベーターで自分の部屋へ向かった。
部屋へ入ると、たつきはまるで自分の家のように遠慮なく奥へ進む。勝手にクローゼットを開けてスーツケースを見つけると、勝手にあれこれ詰め込み始めた。
「ま、待って、自分でやるから」
「あんたは貴重品とかまとめろよ」
振り向きもせずそう言って手を止めない。みのりは言われるがまま身分証や通帳、印鑑、資格証などを別のバッグに詰めた。洗面所で化粧品やドライヤ―なども入れる。こうしているとまるで旅行の準備でもしているようだが、そんな状況ではない。むしろ夜逃げに似ている気がした。
「食器とかは要らねえだろ、あっちにあるから」
「私……、あそこに住んでも、いいの?」
みのりはやっとずっと聞きたかったことが聞けた。そして言ってから、それが今の自分の本心だと気づいた。何故か分からない、小一時間ほど前に初めて行った場所なのに、ずっとここへ来ることが決まっていたかのような、やっと帰って来たかのような安心感を感じていたのだった。
「行くとこないんだろ」
「そうだけど……でも家賃はいくら? 私今失業中だから、あまり高いと払えないし」
「そんなんねえよ、俺も払ってない」
「え? だって」
「帰ったら紀子さんに聞けよ」
それだけ言うと、みのりが持っていたカバンも手に取って外へ出る。慌ててカギをかけて追いかけて、管理人にカギを預け、時忘れ荘へ戻ったのだった。
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