第9話 じつは義弟と仲良くするための休暇を取る前に模擬空戦をしまして……

「そういや晶が航空隊に着任するのはいつからだっけな、親父?」

「確か今日から数えて二週間後だが。」

「成程、ふ~ん。」

 親父は口にこそ出さなかったが、涼太が何を考えているのかは手に取るように分かった。


 翌日、涼太の姿は航空隊事務室にあった。

「有休を申請したいと。」

「はい、そうであります。」

「了解。」

 それだけ言って事務官をしている男性は淡々と書類を決裁していく。

「それじゃこれ、所属の小隊長に渡してね。」

「有り難うございます。」

 敬礼をして事務室を後にし、所属のEcho小隊長吉田一尉に書類を提出しに行く。

「真嶋、分かり切ってはいるが一応理由を聞いておく。」

 新たな隊員がこのEcho隊に配属されるのは公示されている。

「ハッ、新たな義理の兄弟であり二週間後に正式に着任する姫野晶三尉との親睦を深め、より一層隊の結束を強めるためであります。」

「了解した。あと腕が鈍ったらいけないから、この二週間の内、実質四日分の訓練には参加してもらうからな。勿論手当は付くぞ。」

「ハッ、有り難うございます。」

 ある程度長い期間の代休若しくは有休をとる際には、伎倆ぎりょう維持のために内容が軽減された訓練に参加する必要がある。なので二週間丸々休暇という訳ではないが、これで自由時間は増える。

 でも本日分のノルマのためさっさと自分の愛機のコスモファルコンに向かい、訓練飛行準備を始めた。


 涼太の部隊に配備された機体は99式空間支援戦闘機(通称コスモファルコン)である。他の機とのスペック勝負では特別凄い点はないが、安定した大気圏内外に通ずる飛行性能と高い量産性、低い操縦難易度といった性能のバランスが良く、それ故航空自衛隊全部隊に配備されている名機である。

 エンケラドゥス守備隊航空隊の訓練は決まって資源価値が低い小規模な衛星が多数存在する空間で行われる。

『Echo1より各機へ、これより本隊をα二機β三機の二隊に分割し空間戦闘訓練を行う。各機所定の位置に散れ。演習開始は三〇〇秒後である。以上。』

『『『『了』』』』

 そうして隊から分かれると同時に『編隊戦闘フェーズに移行します。』という支援コンピューターからのアナウンスが流れ、レーダー画面がヘルメットに映される。今日は涼太がβ隊の隊長役である。

 そして訓練開始時刻となった。

『β1より各機へ達する。イ型戦術のα修正0,22を指令。今日こそ隊長機をタコ殴りにするぞ!』

『『了!』』

 威勢のいい掛け声とともに三機は離散した。


 涼太が出した指示は具体的にはこうである。

 一機を囮としてわざと見つかりやすい位置を飛ばせ、相手がその一機を狙ってる隙に小惑星の破片に隠れた残りの二機が急襲を掛けるというものである。

 数的にβ隊の方は機数が多いが最年長の大西二尉でも搭乗員歴が五年程度で低練度感が否めない一方、α隊は熟練した搭乗員歴が十五年を超えるベテラン搭乗員二人なので、この訓練では一勝(しかも磯部二尉が前日の晩奥さんと徹夜の大げんかをした挙句の睡眠不足による一瞬の判断ミスによるものでかつ辛勝)しかしていない。

 真正面から戦えば間違いなく勝てない。だからこの奇襲からの一撃離脱戦法に賭けざるを得ないのだ。

 涼太は今回囮を八木三尉に任せ、小型レーダー中継器を数基放出して、所定の潜伏ポイントに向かった。

 そして定刻となり、訓練が始まった。手筈通りに八木三尉が囮としてレーダーに察知されやすいが直線で向かうことが出来ない位置に機を出没させる。そこから小さな衛星を避けながらα隊二機を奇襲ポイントに誘導していく。α隊二機の追撃を確認した時、

——しめしめ、うまく乗ってくれた。

と心の中でガッツポーズを取った。

 じつは涼太は前々からこのポイントを調べ上げていた。飛行中にいくらか見繕った隠れるのによさげなポイントを机上演習でシュミレーションしまくっていたのだ。

 しかも今は面白いほどシュミレーション通りに進んでいる。

 レーダーにα隊二機がミサイルを発射させた表示が出たが、直ぐに近くの小さな衛星に阻まれて爆発した。

 涼太は衛星の隙間を縫って飛行する三機をレーダーで見て訓練用ミサイル発射ボタンに手を掛ける。

 手汗が手袋を湿らせる。

 ところが次の瞬間、ヘルメットディスプレイに「Echo4撃墜判定」の表記が出た。

 涼太は「へッ⁉」と思わず間抜けな声を出してしまった。

 しかも事前に設定した「奇襲決行ライン」のスレスレである。そしてα隊の二機は悠々と方向転換をした。

 このままではα隊二機が奇襲ポイントにやってこない。

 なので涼太は咄嗟に追撃命令を出そうとした。しかしここで動いて敵に位置を知られてもいいのかと一瞬逡巡した。だが戦場において一瞬の判断の遅れが命取りになることがある。それに既に作戦は崩壊した。

 なので『Echo3、追撃だ!』と命令を出し、β隊の残存二機は潜伏ポイントから離れた。取り敢えず態勢を立て直そうとする。

 その判断が凶に出た。

 刹那、ディスプレイに「Echo3撃墜判定」が表示された。

「何ッ⁉」

 状況が分からなかった。ミサイル発射表示はなかった。しかも奇襲決行ラインから潜伏ポイントまではかなり距離こそある程度近いものの小さな衛星が散在しているのでまともに飛べばそこそこ時間がかかる。どのようにして大西二尉のEcho3を撃破したのか、いや近づいたのか。

 改めてレーダーを見ると、α隊二機が衛星の海から出ていた。つまり土星の環から脱出していたのだ。

 その瞬間すべてを悟った。

 直後ディスプレイに表示されたのは「自機撃墜判定」という六文字。

 こうして模擬空戦は終結した。

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