19.その晩、胸に手を当てて、ベッドの中でちょっぴり泣いた

 地球という掛け値なしの他次元世界へいこうせかいから来た(今の)アンナ・クレーだが、現代日本の教育水準の高さと両親がキチンとした常識人であったことから、貴族の箱入り令嬢が数多く集うこのリセンヌ魔導女学院に於いても、善性という面では、上から数えてTOP10に入ると言って過言ではない。


 また、セイラ・ニェスラントは、エル・セタドーン皇国で伯爵の地位を持つ家に生まれた長女だが、教育によって培われた高い知性や豊富な知識に加えて、(一般人がイメージするような)貴族的な誇り高さ、気高さを胸に秘めて──もとい、普段から全面的に押し出している。


 一方、臨時でふたりのチームに組み込まれた先輩、アザリア・カルダスは、アンナがN(ニュートラル)、セイラがL(ロウ)とすれば、どちらかと言えばC(カオス)よりの気性の持ち主ではあるが、同時に善人か否かLorD?を問えば、間違いなくライトと断言できるお人好しでもある。


 善人グッドマンが3人寄っているから、他者に疎まれることなどそうそうない──などという理屈が通れば、世界はもっと平和と愛に満ちていただろう。

 むしろ、善人であるからこそ、無意識に(あるいは意図せず)他人を苛立たせ、嫌がらせや意地悪に走らせるというケースも、世にままあるものなのだ。


  * * *


 その“衝突”を端的に表すなら、「“余計なお世話”に対する“嫉妬と焦燥”」と言えるだろう。

 発端となったのは、アンナチームのプラスワンたるアザリアであり、行為の動機は善意ではあったが、同時にいささか調子に乗っていたことも否めない。


 アンナたち3人が事前予想以上の快進撃を続けた結果、先に迷宮に入ったチームに追いついてしまったこと──それ自体は誰が悪いわけでもない。


 ただ、その結果、追いつかれたチームが焦りと苛立ちから、“狩り”のコンビネーションに乱れが生じ、それを見たアザリアが(1学年先輩という自負もあり)余計な仏心を出したことは、学院側からも想定外だったろう。


 アザリアの歌魔法の効果対象は「歌がはっきり聞こえる範囲にいる、彼女が味方と思っている相手」だ。

 それを利用して、彼女が追いついた方のチームに勝手に強化バフをかけたのは間違いなく善意からの行為だろうが、掛けられた側からすれば「いらぬお節介」だ。


 追いつかれた側が高位貴族──侯爵家の出身で、孤児(アンナ)と平民(アザリア)と貧乏貴族(セイラ)を内心見下していたことも、この場合マイナス方向に働いた。

 「自分達が手間取っているのに、どうしてこんな奴らがやすやすと好成績を修めるのか」、「しかも、こちらを“施し”を与えてくるなんて……」──というワケだ。


 その結果、鬱屈した感情に駆られた彼女たちは、モンスターを殲滅するや否や、アンナたちに魔法の矛先を向けてきたのだ。


 「え!? な、なんで……?」


 てっきり褒められ、感謝されるとばかり思っていたアザリアは狼狽したし、勝手なことをしたアザリアを問い詰めるつもりだったアンナにも、青天の霹靂なハプニングだったが、幸いにして3人の中で一番魔法技術に長けたセイラは比較的冷静だった。


 「アンナ、慌てるのもわかりますが、この場ではあの方たちは“敵”だと割り切りなさい!」


 とっさに唱えた防御魔法によって、投げかけられた炎と氷の魔法を、問題ないレベルにまで軽減し、さらに相方に檄を飛ばすくらいの余裕はあったのだから。


 「う……わ、分かった!」


 善人ではあるがアザリアほど脳天気でもないアンナは、なんとか混乱から立ち直り、“敵”と対峙する。


 いざそうなれば、体術に優れた先輩ビヤンカ相手に特訓し、対人戦・近接戦で極めて有利な雷魔法を使うアンナと、下等科一回生にしては多様な魔法の使いこなせるセイラのコンビは、襲ってきた相手を圧倒、無力化することができた。


 《痺雷ヴォル・テック》を直接ブチ込んで、しばらく動けなくしたあと、学院側に緊急連絡を入れ──結果、すでに十分すぎる“戦果”を得ていたアンナたちは、特例でそのまま人造迷宮から離脱することになる(アザリアがショックで“発作”を起こしていたという事情もある)。


 最終的には、アンナたちは(3人組なのに2で割るという優遇措置のおかげもあって)、この試演会を総合3位という優秀な順位ランキングで乗り切ることができたのだ。


 この結果については、同学年内では「優等生のセイラのおかげだ」と見る向きは多かったし、それはそれで事実だったので、アンナも異論はない。

 しかし、アンナが「足手まといにならず、むしろ積極的にサポートした」ということも理解されたおかげで、周囲の目が以前よりも友好的になったのは、彼女にとっては有難い話だった。


 問題は──ふたりと組んでいたアザリアの日常性睡眠過多症が、精神的なショックが強かったせいか悪化したことだろうか。

 彼女にとっても、「仮進級」状態から、晴れて正式に二回生に進級したと認められるという成果はあった訳だが……。


 「あ、セイラちゃんとアンナちゃん、お見舞いありがとね」


 あんなに無邪気な(ように思えた)アザリアが、少し儚げな笑みを浮かべて医務室のベッドの上でふたりを迎える様子には、ほんの少しだけ後悔にも似た感傷を胸に抱かざるを得なかった。


 「ボクは──まだまだ未熟だなぁ」


 医務室を出て自室へ向かう途中、アンナはぽつりとそう漏らす。


 「当たり前ですわ。ワタクシたち、まだ一回生ですのよ? それで二回生のアザリア先輩の事情にクチバシを突っ込もうなんて、むしろ僭越でしょう」


 セイラの正論パンチが耳に痛い。

 これからは、魔法技術の習得だけでなく、人間関係やコミュニケーションにも、もっと積極的に注意を向けるべきなのだろう。


 どの道、最低3年間、魔導女学院ここで暮らすのだから、誰かに憎まれたり白眼視されたりするのは御免だし、少しでも周囲と良い関係を築いておくに越したことはない。


 そう考えられるようになったアンナは、少なくとも試演会が始まる前よりは、人間的に成長できたのかもしれない──これには(過労を心配していた)学院長もニッコリだ!

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