第32話「四騎士」

 第三十二話「四騎士」


 ―ルシファーズハンマー、夜


 今夜もミカエルを倒した祝杯を皆であげている。

 一方でルシファーは浮かれる気にはならなかった。

 現代のミカエルを倒すのが最終目標なのに、その現代に戻る方法が見つからないのだ。

 ルシファーは魔術に詳しいゴブ子に聞くことにした。


「私の知ってる魔術にも次元移動の魔術は無いわね」


「そうか……」


 落胆の顔を見せるルシファー。

 しかしこの世界の最高位の神である女神メナスにもできないのだ、一介の魔術でどうにかできるとは思わなかった。

 しかし思わぬところで助け舟が入った、大天使ガブリエルである。


「現代に戻りたいんだって?兄弟」


「ああ、魔王軍を引き連れてな」


「ならメタトロンの書斎を漁ってみるといい。奴は色々な神の石板を翻訳していた様だ」


「何故助けてくれる?」


「ミカエル達は僕も殺したがっていた。つまり君は命の恩人って訳」


「なるほど、恩にきるよ」


「ワアォ、魔王様に感謝されるとはね」


 ルシファーは何故かフォルスの翼を使わずにケルベロスに乗ってメタトロンの書斎に向かった。


 ―メタトロンの書斎


「さあて、目当ての物はあるかなぁと」


 ルシファーは千里眼でソレらを探す。

 この力は人だけでなく物も探せる様だ。

 そして探す事5分、目当ての品を見つけた。

 それは「異次元の扉を開ける方法」そして「黙示録の四騎士を使役する方法」だった。

 どうやらルシファー一人でここに来たのは、後者の情報を知られない様にする為であった。

 そしてその日の晩……


 ―ルシファーズハンマー、倉庫


 ルシファーは誰もいない事を確認すると扉を閉め鍵をかけた。

 そして魔方陣を描きそれに沿って油を引き、愛用のジッポライターで火を灯すと魔方陣に火が走った。

 瞬間魔方陣の中にローブを着た4人の男性が現れる。

 赤いローブの男が戦争の騎士で見た目は40代と若い。

 黒いローブの男は飢餓の騎士で60代と初老の見た目だ。

 緑色のローブの男は疫病の騎士で見た目は80代と完全に老人。

 最後に白いローブの騎士が死の騎士、見た目は最も高齢で100歳は越えている。


「やあ4騎士の皆さん、お会いできて光栄だ。死の騎士にはもう会ってるよね?」


 ルシファーが4騎士に礼をする。

 しかしそれは形式的な物で決して敬意はなかった。


「おい、お前がルシファーか。気安く俺達を呼ぶんじゃねーよ」


 戦争の騎士がルシファーに怒声を浴びせる。

 彼らは大天使だろうが神だろうが臆さない。

 死神の大ボスなのだ。


「しかもこれは神が我々に反逆してた時に作った騎士の使役のまじない。てっきり捨てられた物だと思ったが」


 飢餓の騎士が地面の魔方陣を見て意外そうに言う。

 しかしその声は冷静沈着で微塵も慌てていなかった。


「・・・・・・」


 疫病の騎士は寡黙に沈黙を貫いている。

 しかしルシファーに敵意は無い様だ。


「神を二度も裏切ったか。まあいい、我々に何かして欲しいんだろう?」


 死の騎士が全てを見透かした目でルシファーを見つめている。


「この世界を破滅させてやりたい。まずは人間からだ」


 この日からルシファーの真の計画が始まった。


 ―とある人間の国


 ここはとある人間の国で、様々な酒場があった。

 そこで仲良く酒を飲み交わしている男二人が、夫婦で仲睦まじく食事をしている夫婦が、長年連れ添ったであろう老夫婦がいた。

 酒場に赤いフードを着た男が入って来る。

 彼らは普通の人間の目には見えず、誰も気に留めなかった。

 彼がにやりと笑い客達に手をかざすと、中の良い男二人は突然殴り合いを始めた。


「前々からお前が気に入らなかったんだ!」


「俺もだよ!」


 次は仲の良いおしどり夫婦。


「あなた!今ウエイトレスのお尻を見てたでしょ!」


「君こそバーテンに色目を使ってるじゃないか!」


 最後に老夫婦。


「早くくたばっちまえ、クソババア!」


「それはこっちの台詞だよ!クソジジイ!」


 酒場では客もバーテンもウエイトレスも皆が皆いがみ合い喧嘩を始めた。

 これこそが戦争の騎士の司る争いによる死、である。

 彼が外にでると既に住民達の喧嘩が、いや、殺し合いが始まっていた。

 皆が激しい敵意に駆られ目に入った人間を、例えそれが親だろうが恋人だろうがお構いなしに殺しにかかる。

 その町は一日経たずして破滅した。


 そしてここはとある人間の国の王城。

 厳しい警備を見えない体でなんなく突破していく戦争の騎士。

 そしてここは国王のいる謁見の間、長らく国交を断絶していた隣国と長い外交を経てようやく友好条約を結ぼうとしていたその時である。


「ええい!友好条約などクソ喰らえだ!」


 突然ペンを机に叩きつける国王。

 交渉に来ていた隣国の外交官も驚いている。


「へ、陛下!?突然どうなされたのですか!?」


 側近達が心配そうに国王に近寄る。


「どうしたも何もあるか!こんな国と友好条約なんて結んでたまるか!今直ぐ戦争だ!」


 戦争と言う言葉を聞き戦争の騎士はニヤリと笑った。

 彼が一番好きな言葉だからである。


「そちらがそういう態度なら考えがありますぞ!」


 隣国の外交官が膝を付いた姿勢から立ち上がろうとしたその時である。

 国王が突然剣を抜き外交官をばっさりと斬り捨てた。

 ばたりと音を立てて倒れる外交官。

 謁見の間には外交官の血だまりができていた。


「国王様が隣国の外交官をお斬りになったぞ!戦争じゃ!戦争じゃ!」


 城内から戦争と叫ぶ男の声がする。

 恐らくはルシファーの差し金だろう。

 これはもう内密にする事はできなくなった。

 この国は中々の軍事大国で周囲には同盟国も多い。

 隣国も同じくで戦力は拮抗している。

 つまりは大戦争が起きるという訳だ。

 そして人が大量に死に、戦争の騎士はその魂を喰らう。


 まずルシファーの望みの一つが叶えられた。



 次は飢餓の騎士の出番である。

 彼はとある街のレストランに入ると大量のメニューを注文した。


「メニューの端から端まで全部持ってきてくれ」


 それを聞いた店員は驚いた。

 どうみても小食そうな初老の男性が大食漢には見えなかったからだ。


「聞こえなかったのか。金はある、早くしろ」


 黒いローブの男が店員に指示する。

 金を払うなら……と渋々店員は注文を受けた。

 そして大量の肉や魚、野菜に果物、お酒と言った食べ物飲み物がローブの男の机に運ばれてくる。


「料理はこれで全部か?」


 ローブの男、飢餓の騎士が尋ねる。


「は、はい」


 店員は運び疲れた様で静かに頷いた。

 それを見た飢餓の騎士はニヤリと笑った。


「じゃあ食え、今直ぐだ」


「え?お客さんが食べるんじゃ―」


 と言ってる間に手は動き、近くにあった骨付き肉を手に取っていた。


「あ、違うんです!これはその……」


 困惑している店員の背中を騎士は押した。


「食べて良いぞ。金は気にするな」


 その一言が引き金になった。

 店員は目の前の料理を貪り食った。

 肉も魚も果物も酒も、周囲に食べカスが散乱してしまう程の乱暴な食べっぷり。

 しかしそれだけではない、その食欲は物理的に満腹になっても満たされる事は無いのだ。

 満腹の胃に無理矢理飲食物を詰め込まれ、体が悲鳴を上げている。


「何をしているんだ!おい、大丈夫か!?」


 騒ぎを聞いて心配になった店主が駆け付ける。

 しかし次の瞬間彼は厨房に向かった。

 彼だけではない、食事に来ていた客全員が目の前の料理を平らげると厨房に雪崩れ込んだ。

 コック達の悲鳴が聞こえる。

 客も店主も料理されてようがいまいが関係なく食材に貪りつく。

 その様子はまさに飢えた獣であった。

 そして食材が切れたその時、二人の人間が互いを見つめ合った。


「まだ残ってるじゃないか」


 飢餓の騎士は死んだ客や店員達の魂を喰らうと、満足して去っていった。

 しかしそれは気のせいだった。

 彼は永遠に飢え続け満足する事は無いのだ。

 彼の力は人を飢えさせる、それは食欲だけではない。


「ああ、この本でも足りない!あの本も読みたい!」


 3日間飲み食いも寝る事も無く本を読み続ける「知識欲」。


「殴っても殴っても殴り足りない!!!」


 血が出るまでサンドバッグを殴り続ける「暴力」という欲。


「ああ、金貨の風呂じゃ!札束の湯じゃ!まだまだ集め足りんぞ!」


 浴びるほどの札束や金貨にまみれたい「金欲」。


「もうへとへとよ……休ませて……」


「駄目だ!俺が満足するまで奉仕しろ!」


 飽きる事のない情事、「色欲」。


 他にも色々な欲はあるが、この世のあらゆる欲を操り、増大させ、飢餓の騎士は魂を奪うのだ。

 欲を満たせない者、飢えている者は当然死ぬ、豊かな者も死ぬまで欲にハマる。

 こうして一つの町は飢えに染まった。

 彼が通った場所はみんな飢えて死んでいくのだ。

 人は必ず何かに飢えているのだから。


 こうしてルシファーの望みがまた一つ叶った。



 緑色のローブの男は疫病の騎士である。

 彼はあらゆる菌を操る事が出来た。

 彼が選んだのはペストでもエボラでもない、インフルエンザだった。

 インフルエンザは恐ろしい進化する病原菌である。

 早い内に対処しておけば重い風邪程度の物だが、重症化すれば死に至る事もある。

 加えて感染度も高く現代でも大勢の人間が感染している。

 それでも予防接種や増殖を防ぐ薬、解熱剤等が効いてようやく治療できているのである。

 それらがない異世界にとってインフルエンザは女神の呪いと同一視されていた。

 この時代には菌という概念すらないのである。


 彼は町の井戸や養鶏場にインフルエンザをばら撒いた。

 強力なA型インフルエンザ(鳥インフルエンザを含む)である。

 人々は原因も分からぬまま高熱にうなされ、そのまま死ぬ者もいた。

 そうして死んだ者の魂を喰らうのだ。


 こうしてルシファーの願いがまた一つ叶った。



 最後は白いローブの今にも死にそうな老人、死の騎士だ。

 彼は今ルシファーとカフェでお茶をしている。


「さて、三騎士達は人間達を滅茶苦茶にしてくれた。君は何をしてくれる?」


「何も」


「なんだって?」


「私の力は全ての生命を寿命の通りに自然死させる力。死の予定がまだの者を殺す事はできない」


「おいおい、4騎士一番の実力者だろ?僕を生き返らせた時の事はどうなんだよ」


「あれはお前がまだ死ぬ予定ではないから死を操れたのだ。言っておくがお前の寿命は刻印を受け継いだ事で更に減ったぞ」


「これならミカエルを殺した後になんとか引っぺがすさ。まあ3騎士の働きで十分だったから今回はもういいぞ」


 ルシファーは何事もなかったかのように席を立った。

 残り3年という寿命を内心気にしながら。


 ―ルシファーズハンマー


「おい、オーナー。隣国とその更に隣国が戦争だと。大変な事になったな」


 だが自国ではないので対岸の火事を見る様に冷ややかなリィン。


「大陸中で疫病が流行ってこの街も閉鎖だそうよ。人間て貧弱ね」


 病気とは無縁の元魔王スカーレットが人間を見下して言う。


「各地域で食べすぎ、飢え死に、しすぎの服上死、銀行強盗と事件や怪死が多発してるそうね。魔女の仕業かしら?」


 魔術に詳しいゴブ子が魔術の関与を疑う。


「おいおい君達、そんな事よりも例の病気の予防接種、受けて貰うからな」


 ルシファーが現代から持ち込んだ大量の医薬品の箱を床に置く。

 そしてその手には注射器が握られていた。


「ヨボウセッシュ?」


 リィンが怪訝そうな顔をして聞き返す。


「チクっとするからな」


 インフルエンザのおかげで街は閉鎖され、おかげで戦争も飢餓も影響を受ける事は無い。

 3騎士にはこの街に近付かない様に言っておいた。

 ここは異世界の拠点となるから潰れては困るのだ。


 さあ異世界の人間達は戦争で死に飢えで死に疫病で死んだ。

 後は現代で同じ事をするだけ……、元々世界の終末を望んでいたルシファーにとって現状は最高だった。

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