第二章 恋と偏見

恋と偏見(1)


 立ち寄ったのは、『向井ハイツ』がある通りから信号を二つほど渡った先にあるコンビニ。ビルの一階部分が店舗で、二階より上はおそらくマンションになっている。田舎のコンビニとは違って、狭い駐車場に車は一台しか停まっていなかった。非接触タイプの自動ドアに手をかざし、中に入ると内部は何の変哲もない、どこにでもある普通のコンビニだ。父はドリンクコーナーへ直行し、母と私は菓子パンが置いてある棚を見ていた。商品が入荷したばかりのようで、店員が一人、膝をついて中島の冷凍庫を挟んだ向こう側で商品を並べている最中だった。店内にはこの他、雑誌コーナーで漫画雑誌を立ち読みしてる部活帰りらしき男子中学生が二人と、缶ビールと値引きシールのついた弁当を持って、レジ横のホットスナックの棚を少し離れた位置から眺めている灰色の作業着の男性が一人。おそらく、この男は今、唐揚げの味で迷っている。声に出してはいないが、心の中で神様に聞いている最中だろう。

 ややあって作業着の男性がレジに缶ビールと弁当を奥と、すぐに陳列をしていた店員がレジに入って対応する。

「からあげのレギュラー一つと、あと、十八番」

「はい、十八番ですね。年齢確認ボタンをお願いします」

 その店員の声が、予想より高くて思わず私はレジの方を見てしまった。店員の後ろ姿しか見ていなかったし、髪が短かった為、店員は男性だと思っていたからだ。よく見れば、ショートヘアの女性だった。最近流行っているK-POPの男性アイドル風な髪型をしている。パッと見ただけでは、どちらかわからない中性的な顔立ちをしていた。

「ありがとうございました」

 店員は貼り付けたような笑顔でレジ対応を終えると、一瞬で真顔に戻り、すぐに陳列に戻っていく。そのすの表情が気だるげで、やる気がないようにも見えたが、手際がものすごくいい。父が飲み物一本選ぶのに時間をかけている間にさっさっと全部並べ終わってしまった。


 母がレジで支払いをしている間、私は店員の胸元にある名札を盗み見る。『家近』と書かれていた。ふりがなはふっていなかったが、兄のベッドの下から出てきたレシートの担当者「イエチカ」と一致している。この人は、何度も兄のレジを対応している。常連客だった兄は、ここに誰かと一緒に買い物に来たことはあるだろうか?

「……あの」

「はい、何かお探しですか?」

 母が財布にお釣りをしまうのにもたついている間に、私はスマホに入っている兄の写真を見せて訊ねる。

「この人、この店によく来ていたと思うんですけど……覚えていますか?」

 すると画面を見た瞬間、家近さんの張り付けていた笑顔が剥がれ落ち、真顔になるどころか、泣き出してしまった。

「飛鳥さん……!!」

「えっ!?」

 まさか名前まで知られているとは思わなず驚いた私の声に、母も驚いて小銭を落としてしまい、床の上でくるくると回っていた。

「ちょっと、何? どうしたの? どうしてこの店員さん泣いてるの!?」

「わ、わかんない。お兄ちゃんのこと聞こうとしたら、泣き出しちゃって……」

「————今、お兄ちゃんて言いました? もしかして、飛鳥さんのご家族の方ですか!?」

 店員の大きな声が、店内に響き渡る。まだ雑誌コーナーにいた男子中学生たちは驚いて不思議そうにこちらをのぞき込み、店の奥からは別の中年男性の店員が血相を変えて飛び込んできた。

「ま、真衣まいちゃん!? なんでまた泣いてるの!?」

「ごめんなさい……だって、飛鳥さんの写真が————……」

「飛鳥さん……?」

 男性店員は、私たちの方を見て戸惑いながら確認する。

「え、記者の方————では、ないですよね?」

「違います!」



 * * *



 身内であることを説明すると、男性店員は困った顔をしながら私たちに事務所で話をするように勧めた。他にもお客さんがいる店内でする話ではないだろうからと……。まさかこんな事態になるとは思ってもいなかったが、このコンビニ店員の家近いえちか真衣さんは、明らかに兄について何か知っているようだったのが気になって仕方がなかった。ただの客と店員では絶対にない。

「取り乱してしまって、申し訳ありません。その……まさか、飛鳥さんのご家族の方がお見えになるとは思っていなかったので————」

 家近さんは両親と私の顔を改めて見て、少し訝しげな目をしていた。この目はよく知っている。兄と私はあまり似ていない。母親が違うのだから仕方がないが、そう思われても仕方がない。兄は明らかに外国の血が混ざっている顔つきであったし、私の顔も悪くはないがどう見ても日本人だ。兄は明らかに母親似であるが、父と全く似ていない訳でもない。やや兄の面影はある。写真を見せたことで、家族だと理解してはくれているようではいた。

「あの、家近さんは、兄とはいったいどういう関係だったんですか?」

「それはその……関係としては店員と常連のお客様というだけです。三年ほどからよくうちのコンビニを利用してくださっていて————あとは、たまに近所のスーパーでお見かけしたことがあるくらいですね」

「それなのに、どうして兄の名前を?」

「……公共料金の支払いですとか、宅配の荷物のお預かりをしたこともありましたので、お名前はその時に」

 この店の個人情報の扱いはどうなっているんだと思ったが、家近さんの次の発言で、私たち家族は全員その理由に納得がいってしまった。

「私、飛鳥さんのことが好きだったんです。一目見た時から、ずっと……」

 あの兄に対して、そういう感情を一方的に抱いていた人間は、決まって皆、同じ行動をとる。



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