類を惹く

星来 香文子

拝啓 天国のあなたへ

家近 真衣・27歳・被害者宅近くのコンビニ店員


 あなたと初めてお会いしたのは、三年前。忘れもしません。台風の日のことです。強い風と雨で、街ゆく人の傘はひしゃげて曲がって、どこかのお店の立て看板が吹き飛ばされて何度も地面に叩きつけられる。雨水に濡れた落ち葉がアスファルトにべったりと張り付いていました。雨合羽を着たレポーターが、カメラに向かって「雨風が非常に強く、立っているのがやっとです。不要不急の外出は控えましょう」と必死になって話しているその後ろを、その大きな目に雨が入らないようにうつむきながら歩いていたあなたは、私が働いているコンビニへ来ました。

 私は暇で仕方なかったレジカウンターで、スマートフォンでその中継を偶然見ていましたから、大慌てで画面を消しました。こんな天気ですから、お客様はもちろんのこと、この時間に同じシフトになるはずだった大学生のアルバイトも欠勤していましたし、他に誰もいなかったので、密かにそんなことをしていたのです。もちろん、お客様にそんな姿を見られて、あとで「あそこのコンビニ店員は仕事中にスマホでテレビを見ていた」なんてSNSか何かで書かれたら大変ですから、誰か入店して来たらすぐに消すつもりではいたんですよ。ただ、レポーターの背景に映ったのが、この店舗でしたのでなんだか嬉しくてつい画面に見入ってしまっていたのです。

 その上、画面の端に映ったあなたは私にとってとても魅力的な男性に見えたのですから、仕方がありません。実際に、画面越しではなく直接あなたを見た瞬間、それはもう、あまりの美しさに驚いたくらいです。自動ドアに手をかざして中に入るやいなや、あなたは濡れた髪をかきあげましたね。水も滴るいい男というのは、まさにこういう人のことを言うのだと、私は本当に感動したのです。

 白くて長いピアニストのような指。程よく整えられた男らしい太い平行眉。幅の広い少しつり上がった三白眼。鼻筋の通った高い鼻。薄い唇。耳には無数のピアスの穴。雨で濡れた白い半袖のワイシャツは、体のラインに沿うように張り付いてほんの少し肌が透けている。程よくついた上腕二頭筋、おそらく割れている腹筋。ただでさえ長い脚が、黒いスラックスを穿いていたせいで余計に長く見える。今でもその姿を想像しただけで、卒倒してしまいそうになってしまうほどに、あなたは素敵でした。

 こんなに美しい人を、私は初めて見たました。つい惚けてぼうっとしていた私は、初対面だと言うのについついあなたの方をじっと見つめておりましたから、あなたは不思議に思われたかもしれません。最初の印象はきっと、変な店員だったかもしれませんね。注文された煙草の番号も、レジの操作も間違ってしまいましたし。もう何年も、ここで働いているのに私は変に緊張していました。そんな私に「急がなくていい。ゆっくりでいいよ」と優しい声で言ってくださいました。あの時は、申し訳なさと、恥ずかしさで本当に顔から火が出るんじゃないかと思ったほどです。

 それから、あなたは何度も私のいる時間に来店して、煙草やコーヒー、雪が降った日には必ずおつゆたっぷりのおでんに柚子胡椒。暖かくなて来た頃には、いつも決まって苺のアイスを買って行かれましたね。私はすっかり、あなたの好きな煙草の銘柄も、砂糖たっぷりの甘いコーヒーも、おでんには必ずはんぺんを買うことも、苺味のお菓子が好きなことも覚えてしまいました。


 ですから、本当に、あの話を聞いた時は信じられませんでした。

 急にパタリと来なくなってしまった理由が、ストーカーによる被害————それも、殺人事件によるものだったなんて。

 一体、誰があなたを殺したんですか?

 私の愛するあなたを、誰が、どういう理由で殺したのですか?

 あなたは、その女に一体、何をしたんですか?

 何をされたんですか?

 どんな言葉をかけたのですか?

 どんな顔で笑ったのですか?

 どんな顔で死んだのですか?


 あなたのことを、三年も密かに見守っていた私のこの淡い片思いは、どこへいくのでしょうか?

 もし、次にあなたがこの店に来たら、今度こそ、私、勇気を出して話しかけようと思っていたんです。別に、恋人になりたかったとか、そんな大それたことは考えてはいません。ほんの少し、話がしてみたかった。それだけなんです。そんな、私の些細な願いは、その女のせいで砕け散りました。あなたと、普通に、ほんの少しだけ、話してみたかった。それだけなのに。


 私はどうしたらよかったんですか。もっと早く、勇気を出して話しかけていれば、何かが変わっていたでしょうか? あなたが無残にも、その女に殺されるなんてことはなかったでしょうか? 私が、もし、もっと早くにあなたに声をかけて、恋人同士にでもなれていれば————私と二人の間に、他の誰も入り込めないようにしていれば、その女もあなたをすっかり諦めてくれていたでしょうか?

 私にできることは、何もなかったのでしょうか?

 そして、教えてください。


 あなたは、私のことを、どう思っていましたか?


 いつも穏やかな笑顔で去り際に「ありがとう」と笑いかけてくださったのには、私に対する下心が、少しはありましたか?

 私がその度に、頬を紅潮させていることに、あなたは気づいていましたよね?

 それなのに、何故、あなたは私を、愛してはくれなかったのですか?

 あなたの方から、誘ってくれればいくらでも、ついて行ったのに。あなたは決して、それ以上踏み込んではくれませんでしたね。だから、勇気をだして、私は……————こんな話、今更しても遅いですね。ごめんない。でも、私があなたのことを愛していたことだけは、どうか、覚えていてください。そして、もし、来世というものがあったなら、きっと、その時は私を探してください。私も、あなたを探しますから。私を見つけてください。

 その時は、誰にもあなたを渡しません。他の誰も私たちに近づけないように、今よりもっと、私はあなたを愛します。あなたも、私を愛してくださいね。

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