変人達の美学 原作終了後の百合漫画世界で転生者達はどう生きるべきか?

ヒサギツキ(楸月)

ツンデレ幼馴染編

第1話 百合漫画世界の中心で百合豚は叫ぶ

 やぁ、全国の百合好きの皆さん、ごきげんよう♪

 俺の名前は、【百花良助ひゃっか りょうすけ

 どこにでもいる百合豚さ♪


 唯一普通の人と違うことがあるとするなら、今流行りの転生者ってことかな?


 事故って死んだらこの世界に転生してた。


 まぁよくある展開だよね。


 前世はどんな奴だったかって?


 今と同じく百合豚をやっていただけだから、そんな無駄話は省略させてもらうよ。


 とにかく俺は事故で死んで次に目を覚ましたら、そこは俺が大好きな百合漫画の世界。


 架空の現代日本が舞台で、私立セイント学園に入学した主人公、【結城奏ゆうき かなで】が数多のヒロインと出会い、多くの絆を紡いでいく青春の物語。


【リリーズコンツェルト】の世界だった!


 せっかくの百合漫画の世界だというのに、転生したこの体は、何と女ではなく男であった。


 えっ? 男ならハーレムを目指さないのかって?

 先にヒロインの問題解決して、惚れてもらおうって話?


 はっはっは~! 面白いことを言うね?

 俺の返答は――ファッ○ュッ!!

 百合の間に男が挟まるなんて言語道断だろぉ~!!?


 百合の間に挟まる男〇すべし、慈悲はない。


 だったら俺はこの世界で何を成すのかって?

 ――決まっている。


 世界が変わろうと俺のやることはただ一つ!!!


 全力で百合豚を遂行するだけだ!

 百合を愛で、百合を陰ながら支え、百合を見守る。


 まるでごちそうを前にして、ハァハァと涎を垂らす豚のように!

 ――それこそ、百合豚の使命、俺の正義だ!


 ……あぁ、話が長くなってしまったね?

 結論として俺が何を言いたいかって言うとだなぁ……。


「少なくともこんな展開は望んでねぇぇぇ!!?」


 虚しい叫びが夕暮れの教室に響く。

 現在俺は旧校舎空き教室の椅子にロープで縛られている。

 目の前には、琥珀色の瞳からハイライトが消えた女の子。


 名前は【長名美千代おさな みちよ】主人公とは幼馴染で主人公が大好きなのだが、主人公を目の前にするとツンツンした態度をとってしまう、金髪ツインテールがよく似合う王道のツンデレヒロインだ。


 そんな女の子と二人きりの状況。

 男なら憧れるだろうって?

 あはは♪ 俺は百合豚だから嬉しくもなんともない♪

 ――というか、そんな子が何で俺を縛ってるのかって?


 その理由は……。


「何であんたみたいな女装する変態に奏が惚れたの? ねぇ何で? 何で何で何で何で? 私の方が付き合い長くてこんなに奏を愛してるのに、何で? ねぇねぇねぇ~?」


 カクカクと人形のように長名は首をこちらに向ける。

 恨みが籠った瞳には何を言っても無意味だろう。


 これのどこがツンデレ!?

 ヤンデレの間違いだろうが!!?


 公式の説明文に齟齬ありますよぉ~!!

 運営さん見てますかぁぁぁ!!!


 どうしてこうなった、どうしてこうなった!?

 お、落ち着け……状況を一旦整理しよう。


 どうしてこうなったのかを、今一度考えるんだ。

 ――そう、話は昨日の夕方に遡る。



 □□□



 私立セイント学園のとある部室。

 そこには、男女4人組がいつものようにそれぞれ部活に励んでいた。


 ある少女は、涼しげな格好で楽しげに絵を描き。

 またある少年は、パソコン前にかじりつくように座り。

 またある少女は、痛々しい服装で小説を執筆している。

 そして、俺はその部屋で、自前の一眼レフカメラを部室で丁寧に掃除する。


 これがいつもの光景、美学研究部の活動。

 ――だが、今回だけは違ったのだ。


 ふと、執筆作業をしている少女は、銀のメッシュが入った黒髪から覗く、赤と紫のオッドアイをこちらへ向ける。


「我が盟友、良助よ。ここの長たる二藤奈中が、貴殿に頼みた――オーダーを発令する」


 今だ中二病が全く治ってない部長が、そう言った。

 意訳すると、私は部長として自分に頼みたいことがあると、言いずらいなら素直に言えばいいのに全く。


 俺はカメラを静かに机の上にそっと置き、視線を嫌々上げ部長をジト目で見る。


「……何ですか部長。また、機市と絡んでBL小説の題材にさせろってのなら断りますよ? 自分の身は全部百合を見ることだけに捧げてるんで(真顔)」


「拙者も断固拒否でござる。二次元の美少女に生まれ直してから出直すでござるよ」


 パソコンから手を放した小柄な体躯の機市が、座った状態から背中を反り、こちらに端正な顔立ちを向ける。


「またとは何だ!? 一度たりとも頼んだことなどないわ!?」


 機市と同じく背が小さい部長は顔を真っ赤にして、その低い身長目いっぱいに立ち上がる。


「貴様ら我を一体何だと思うっておるのだ!!」


「「腐ったBL小説家(真顔)」」


「き・さ・ま・ら~~~!!!」


 今にも掴みかかりそうな勢いで、こちらへと部長近づいてきたので、俺達は逃げ回るように部室内を走り回る。


「奈中ちゃんが良助君と機市君を襲ってる~女の子が、男の子を襲う……何てエッチな響きですかね~♪」


 プール授業の帰りでもないのにスタイルのいい肉体、そして一部分が異様に強調されるスクール水着を着た、髪をハーフアップにした美少女。


 絵口桃恵はキャンバス越しに恍惚とした表情で、桃色の瞳をキラキラと輝かせていた。


「自分の恰好を見てからそういうこと言わんか桃恵!」


「「そうだそうだ~いい加減服を着ろ痴女~」」


「あらあら♪ みんなで寄ってたかってというのも――実にいいですね~♪」


「「「ダメだこいつ早く何とかしないと……(呆れ)」」」


 ぜぇぜぇと叫び疲れた部長は、はぁ……とため息をついて椅子に座り直す。


「仕切り直すとしよう……えぇ、頼みというのはだな」


 何か言いづらそうに部長は言いよどむ。

 珍しいな、部長がここまで言いづらそうにするなんて。

 一体どんな頼みなのだろう?


 俺達は静かに部長の返答を待つ。

 数秒の沈黙、そして意を決したように部長は口を開いた。


「その、良助……今度我は未開拓のジャンル、盟友のパッションたる百合とやらに挑戦しようと思っている……」


「素晴らしい向上精神! 大人気ノベル作家の部長が百合小説を書いたら、さぞ素晴らしい作品になるのは間違いないじゃないか!!」


「何でそんな説明口調なの?」


 俺が新たな百合の物語の誕生に歓喜するが、反対に部長の顔色が良くない。

 なぜそんな言いにくそうにしているのだろうか?

 二次元であろうと百合を生み出す崇高な行為をしようとしているというのに?


 苦々しい表情で部長は話を続ける。


「えっと……だから、な? 傍から見た光景を描写するためにも、客観的に見たいから我がするわけにもいかず……というか、想定してるヒロインと背格好が違いすぎる(ボソッ)だから、その……頼める女子も桃恵以外はおらんし……妥協案として……」


 早口でボソボソと呟く部長。


 女子が一人しか準備出来ない状況で百合にはならない。

 一体、部長はどうする気なんだ?

 うん? というか何で俺の名前を指名した?

 背格好がどうのって……


 あれ、何か物凄く嫌な予感がするぞ~?


 ゴクリと部長は自分の唾を飲み込む。


「だから良助……女装を、してはくれないか?」


「「「……」」」


 三人が一斉にフリーズする。

 天を仰ぎ見るように俺は上を向く。


 俺の聞き間違えかな?

 今、俺に女装してくれって言わなかったか?

 しかも、百合小説のインスピレーションで女装だと?

 部長は何を言っているのだろう。


「あはは、どうやら俺の耳が腐ったのかもしれない♪ 今俺に百合の冒涜者になれって聞こえた気がするぞ♪」


「「……(目をそらす)」」


 聞き間違いかどうか、二人に聞こうと思ったが、顔の表情からして同じ言葉を聞いたのだろう。


 なるほど、なるほど♪


「女装より、その足りない脳みそに助走をつけて殴り飛ばしてやろうかっ!! この中二病娘がぁ!!!」


 百合において寛容なこの俺の地雷を踏み抜きやがって!


 女体化なTS百合も許そう、心が男の子な百合も許そう。

 ――だが女装だけは看過できん!


 あれは全くの別ジャンルだろうがぁっ!!


 それを俺にやれと?


 ――笑止ッ!!!


 俺がユラユラと椅子から立ち上がると、機市が行く手を阻む。


「ステイでござる良助氏! 目がマジ過ぎて怖いでござるよ!?」


「止めるな機市! 百合への冒涜者は、俺がこの手で滅ぼさねばならぬのだ!!」


「どこの悲しき魔王でござるか!?」


 俺の形相を見た部長がガタガタと震え、それをなだめるように桃恵は部長の頭をなでる。

 本来なら、ナチュラル百合展開に歓喜する所だが、今の俺はそれどころではないほどの怒りがこみ上げていた。


 いくら長年の付き合いである幼馴染だろうと、言っていいことと悪いことがあるだろう。


 プルプルと唇を震せながら、部長は口を開く。


「お、落ち着け盟友よ!? 我とて貴様相手にタダでお願いしようなどとは思っておらぬ。だから怒りを鎮めてはくれまいか?」


「あ゛ぁん? 百合を冒涜しておいてぬけぬけとっ! 俺のこの怒りを鎮めるのは並大抵のことじゃ――」


「苦渋の決断だが……前に言っていた、我が桃恵との百合営業? とやらをお前の指示通りに目の前でしてやるから落ち着――」


 スッと俺は静かに、だが素早い動きで、部長の前にかしずいた。


「何なりとお申し付けください部長様♪(満面の笑み) 女装ですか? もちろん、作品のためなら喜んでやらせていただきますよ♪ ほら、何やってるんだお前ら、さっさと準備するぞ!(キリッ)」


「「「うわぁ……」」」


 俺がサムズアップすると、あまりにも早すぎる切り替えの早さに、何故か言った部長でさえドン引く。

 ……何だよ、百合は全てのことより優先される尊きことだろう?

 百合のためなら、この身は地獄にだって落ちてやるさ♪


 そう、俺はこうして部長の話を快く引き受けたんだ。

 これがまさか、本当の地獄への片道切符だということも知らずに……。

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