第28話 小さく震える手にはマッチ 

《前書き》 

 短めです。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 配信当日。こんなタイトルの動画のサムネイルがプレミア公開されることになった。


【布武坂楽市、姫川こと、本人の口で真実をお伝えしようと思います。】


 配信は今日の二十時から。

 この配信で、布武坂楽市自身が復帰を望んでいること、明かす同棲の事実とその経緯。それから実際に洸がFly Futureを辞めさせられたのは、坊城清隆が世間に公表し謝罪した通りデマによるものであること。イラストレーターのぴかっそである梨々香と、Vtuberの白雪しらゆきふわなである優芽も協力関係にいたこと。それら全てを本人の口から待ってくれているリスナーへと伝えなければいけない。


「覚悟決めたとは言っても、やっぱ緊張やドキドキはしちゃうよね」


「そうだね」


「まぁ、ウチらも付いてるし大丈夫っしょ」


「そうです。わたくしも必ずお二人のお役に立ってみせますから」


 こうして四人集まって、配信に向けた談議をするのもこれで最後になる。


「仲直り作戦用だった動画の編集作業も一通り終わったね」


「うん。これから四人含めた配信の段取りも兼ねて、一回通しで練習したいんですが、お二人もよろしいですか?」


「おけ」


「ええ。いつでも始めてください」


 梨々香と優芽の同意も得ると、洸と瑠璃葉はリビングから出て防音室へと移った。残された二人はDiscordで呼ばれたら、協力関係にあったことを自らの口で話すといった算段になっている。

 最初は四人一緒に防音室で話すことも考えたが、洸と瑠璃葉の同棲が真実なのか、何故そのような経緯に至ったのかを二人の口から伝えるのが主軸であって、梨々香と優芽はその二人の発言に信憑性を持たせるための協力者的な立ち位置だ。

 今回の配信は当然のことながら、洸と瑠璃葉が九割以上喋ることになる。そのため、梨々香と優芽が防音室にいた場合、ほとんど喋らず黙っていることになる。

 それなら二人は別の場所から必要な時に呼んでくれということになり、Discordを通じて話すことになったのだ。

 もちろん、別の場所にいるとはいえ、配信はちゃんと見守っておくつもりだ。


「ウチとふわなたんはなんとリア友で親友でもありま~す」


 先ずはイラストレーターのぴかっそと、彼女が担当した白雪ふわながリア友であることを公表してもらう。もちろん、洸と瑠璃葉が言ったことが事実であるということを、自分たちも協力者だったから知っているということも。

 それから、改めて二人がありのままの真実を語っているということを梨々香と優芽の口からも伝えるのだ。


「うん。結構いい流れだと思うよ。もちろん、本番配信はコメントとか凄いことになるはずだから、平静を保って練習でやった通りにとはいかないかもしれないけど」


「でも、もしそうなってしまったときには、必ずこちらでフォロー致しますから。わたくしたちのことも信じてください!」


 ――Discord越しにて防音室にいる洸と瑠璃葉の元に、梨々香と優芽の頼もしい言葉が返ってくる。


「お二人とも……本当にありがとうございます」


「梨々香たそ、ふわなたん。マジで愛してるっ!」


(ほんとに皆いい人たち過ぎて泣きそうになるな)


 洸は溢れてきそうな涙を堪えながら、改めて練習を再開させた。


 ●○●


 現在時刻は十九時。配信までいよいよ一時間を切ったところだ。


(どうしようどうしようちゃんと喋れるかな……)


 恐怖。不安。そんな感情から出てくるのは、まだ待ってくれているリスナーを、自分たちの力を完全に信じられていないという事実。それに対する自己嫌悪。

 一方で、ようやくありのままを話そうと勇気を出せたこと。信じてくれた人たちへ、ようやく自分の答えを出すことが出来たことへの嬉しさ。

 上手くいけば、また布武坂楽市の命をもう一度取り戻すことが出来る。瑠璃葉の隣に、姫川ことの隣に、もっと堂々といることが出来る。

 もちろん、失敗すれば、リスナーが誰一人として受け入れてくれなければ、二人揃ってバーチャル界での完全なる『死』を迎えてしまうわけだが。


 ずっと洸の頭の中では、こんな感情たちが堂々巡りし、色々な想いや思考が織り交ざって、そわそわしたこの変な感じが止まってくれない。

 ふと右下に目線を落とす。隣に座る瑠璃葉の手も自分と同じように震えている。

 彼女は待機画面のコメント欄をじっと眺めていた。


 ~~

 ○音声はやはり本物だったのか。

 ○やはり、二人揃ってこうした配信枠を立てたことでほぼそれは確実に違いないぞ

 ○裏切りやがって!

 ○話題になってたからV興味ないけど来てみた

 ~~


 コメント欄のほとんどがこんな感じだ。もちろん、擁護してくれてる意見もいくつかあったが、野次馬たちによって埋め尽くされてしまってる。いつも、姫川ことの配信にコメントしてくれてる人たちのアイコンはほとんど見ない。皆、おそらく、様子を伺っているか、今回の件で冷めてしまったり、反転アンチへと切り替わってしまったものも大勢いるだろう。


(やっぱり、覚悟してたとはいえ、このコメント欄を目にするのは辛いよな)


 正直、洸はあの冤罪事件から、否、Fly Futureの中でトップに立った時から、度々誹謗中傷を目にしていたから多少は耐性がついているが、一方で瑠璃葉は……。


「ねぇ、瑠璃葉ちゃん……」


 洸が何か瑠璃葉に少しでも慰めの言葉をかけようとした時、自分より大きな彼女の声も重なった。


「あのさ、洸くん。今から時間来るまで、防音室でカラオケ大会しない?」


「へ……?」


「あっ、ごめん。洸くんも今なんか言おうとしてたよね?」


「……いや、それよりもカラオケって……」


「このままなんか、そわそわしたまま配信までじっと待っとくのもあれでしょ」


「た、確かに」


「洸くんから何か歌ってよ」


「えっ。……じゃ、じゃあ一曲だけ」


 そう言って、洸は音源の準備を始めた。


 洸は歌がかなり上手い。そのことは、布武坂楽市の配信を観ていた彼女も当然のことながら知っている。


「やった!布武坂楽市の歌を生で聴けるとは!!オリ曲?」


「いや、俺と瑠璃葉ちゃんが好きなあのバンドの曲だよ」


「おっ、BUMPか!」


「うん」


 洸が選んだのは『ランプ』。


【約束しろよハートのランプ もう一度僕を歩かせてくれ

「ヘンだな僕は君自身だよ自分が信じれないのかい」】


「なんか、物凄く今の私たちに刺さるね」


「そうだね。次は瑠璃葉ちゃんの番だよ」


「よぉ~し、私も全力で歌うからね」


「せめて、配信に影響しないくらいには喉を労わってね」


「りょ~かい!」


 こうして、洸と瑠璃葉は配信まで、BUMP OF CHICKENやアニソン、ボカロ、エロゲソングetc……二人が共通で好きな歌たちを時間が来るまで歌いあげたのだった。


 ●○●


 一方、その頃。リビングでは――。


「今夜、二人をカップルにさせるぜ計画を実行しようと思う。準備はいいね、ゆめぴ」


「ええ。ばっちりです」


 ドMとギャルの仲良し二人組が、防音室にいる仲良し二人組を恋人にさせるため、秘密の計画を進めていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

《後書き》

 28話タイトル「小さく震える手にはマッチ」

 *「ランプ」の歌詞より抜粋


 作中楽曲:「ランプ」BUMP OF CHICKEN/(2000年)

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