第26話 おかえりパーティー、新たな炎上

 別荘に待機していた山中とその息子も逮捕。Fly Futureの事務所で瑠璃葉を襲おうとしていた桐澤も無事に逮捕することが出来たが……あの男が気持ち悪い程の笑みを浮かべていたのがどうしても突っかかる。


 桐澤のガワである問屋座マモルは逮捕されたその日に契約解除され、山中も当然クビになった。事の詳細については社長である坊城清隆から声明が出された。そこで、彼らがしてきた悪事、それから、布武坂楽市のデマ情報についても世間に発信し、洸の冤罪を晴らしてくれた。もちろん、坊城清隆は瑠璃葉との同棲の件や、女性イラストレーターである梨々香と女性Vtuberである優芽との付き合いは全部伏せてくれて。

 そして、それを終えた坊城清隆は責任を取って代表取締役社長の座を降りると宣言したのだった。

 桐澤と山中の息子は、桐澤の祖父が校長を務める高校に通っていたが、今回ばかりは権力で庇うことは出来なかった。それどころか、孫の暴力事件を隠蔽し洸に罪を着させたことも坊城清隆がしっかりリークしてくれたため、彼も警察行きとなった。

 そして、世間も布武坂楽市への誤解が解け始め、彼の復活を望む声も日に日に増えていった。


 ●○●


 事件から三日経った今日。警察からの事情聴取もひと段落が付き、Fly Futureからも姫川ことの休養措置が正式に取られることとなった。だから、今夜は瑠璃葉と洸が同棲しているマンションのリビングにて瑠璃葉おかえりパーティーを盛大にやることにしたのだ。


「瑠璃葉ちゃん」「瑠璃葉さん」「るりりん」


「「「おかえりなさい!!」」」


 ――パーン!!


 待機していた三人が、瑠璃葉の入室とともにクラッカーを鳴らす。


「ただいま!!」


 瑠璃葉もそれに満面の笑みで返した。まだ、今後についての話は出来ていないものの、またいつも通りの彼女と笑い合える日常が戻ってきたことが、洸にとって、否、この場にいる全員にとってとても嬉しいことだった。


「それにしても、らくっちスーパーヒーローにも程があるでしょ!」


「そうです。まさか、事務所に瑠璃葉さんが連れ去られてるなんて誰も思いませんでしたし、そこで警察が来る前に誘拐犯をやっつけちゃうのは本当に凄すぎます!」


「いや、お二人とも褒めすぎですって……」


「あれぇ~?るりりん、顔真っ赤にしたまま下向いちゃってるよ。ヒーロー、彼女に甘い言葉掛けてさらに恥じらい系ヒロインにさせたげたら?」


「ちょっ、ぴかっそママ変なこと言わないで下さい!」


 瑠璃葉の方を見ると、梨々香の言っている通り赤面して俯いていた。白いチュールスカートを履いた膝の上で自分の指を絡ませながら、もじもじとさせているのが可愛い。


「あ、あのね、洸くん……」


「な、何でしょうか、瑠璃葉ちゃん……?」


 ちょっぴり気まずいのか、敬語で話しかけてくる瑠璃葉につられて洸も畏まってしまった。


「えっと、そのね……」


「……」


「改めて助けてくれてありがとう。それから、仲直り出来るって信じてくれてありがとう。それと……」


「……」


「や、やっぱり今はまだ言えないっ!!……」


 そう言って、瑠璃葉は急にぷいっと洸に背中を向けた。それを見てまた梨々香がニマニマする。


「さっきから何なんですか?」


「いやぁ~まさか、二次元以外で『お前らもう付き合っちゃえよ』って使いたくなったのウチ初めてだよ、らくっち」


「……この前は二人だけの世界が気まずいとか言ってたじゃないですか」


「うん。今も思ってるけど、どうせ気まずくされるなら、互いのうじうじよりも、カップルとしてのイチャイチャを見せつけられてる方がいいかな」


「は、はい……」


(確かにそれは正論過ぎて言い返せない……)


 梨々香から圧をかけられ、洸は目を逸らして優芽の方を見て助けを乞おうとしたが、彼女は先程の瑠璃葉の様子も含めて全部見て見ぬふりをしている。こういう洸と瑠璃葉の恋愛絡みの時だけは彼女も「水嶋君だけ責められてズルいですぅ♡~」的なドMを封印してくれているのだ。それには感謝しているのだが、少しはこのダル絡みギャルから逃れる助け舟を出してほしいとも洸は思う。

 けど――、


「らくっち、応援してるぞ」


「が、頑張ります!」


 耳打ちでそう言ってくれる梨々香に、洸は少々お節介だが優しい人だなと思い直した。


「ところでらくっち、話変わるけど、さっき地の文でウチのことダル絡みギャルとか言ってないよね?」


「言ってないに決まってるじゃないですか。ハハハハハ( ̄∇ ̄;)……」


(なんでこの人、俺の地の文読めんの!?)


 そんな感じで、なんだかんだ瑠璃葉のおかえりパーティーを楽しんでいる最中だった。


「み、水嶋君、瑠璃葉ちゃん大変です!!」


 先程までスマホを弄って、見て見ぬふりをしてくれていた優芽が急に血相を変えて、いつもの彼女らしからぬ大きな声を上げた。


「こ、これ……」


 優芽は震える声で、三人に自分のスマホの画面を見せた。


【布武坂楽市、姫川ことと同棲ってマ!?】


【ことちゃん、男と同棲してたってマジかよ……】


【これは両方とも本人の声だから言い逃れ出来ないな】


【これ、特定班も合成音声の可能性は低いって言ってるし】


 X(Twitter)のTL画面。そのほとんどがこんなポストで溢れかえっていた。


「音声って……」


「多分、これのことだと思います」


 引用リポストから動画元に飛んで再生してみる。


『今日は一緒にお家に帰らない?』


『そうだね。これからの活動について、今度は洸くんと一緒に話し合いたいし』


 洸が事務所で桐澤の手から瑠璃葉を救い出したときの会話だ。

 画面は真っ暗で音声だけ。アカウントはこの動画のポストしかない……捨て垢というやつだ。


 あの時の不気味な桐澤の笑みが蘇る。あの時、ずっと桐澤から目は離していなかったとはいえ、彼がポケットにスマホを入れ会話を盗聴して隠していたとしたら全てに合点がいく。

 元々、瑠璃葉に性的暴力を振るおうとしていたゲスな男だ。彼なら、その様子を動画に収めようと元々、カメラ機能をONにしてポケットに入れていたと考えられる。

 きっと、警察にスマホ等を没収される前、警察が目を逸らした隙に用意していた捨て垢で、これを投稿したのだろう。

 本当に何処までも質の悪い男だ。


(ど、どうする、俺……)


 結局、また自分が瑠璃葉の足を引っ張る原因に……否、今回はその程度ではない。もう彼女も配信活動が出来なくなるかもしれない。


 布武坂楽市である自分が疫病神のように思えてくる。


(本当にどうすればいい?これから……)


 洸は頭を抱えて悩み込む。自分含めて、梨々香と優芽も今にも絶望に吞まれそうな深刻な顔になってる。でも、瑠璃葉は――、


「これって、チャンスじゃね?」


「「「えっ……?」」」


 どうやら、三人とは真逆の考えをしていた。


「それって、どういう……?」


「どうも何も姫川ことの人気アップと布武坂楽市が最高の復活劇を演出出来る最大のチャンスだよ!!」


「「「……」」」


「これまであったこと、乗り越えてきたこととか、思い悩んでたこととか、実は梨々香たそとふわなたんとも仲良し四人組なのも、同棲してることもさ、全部正直に世界に向けて発信しよう!!」


「正直に発信って、そんなことしたら尚更……」


「わかってる。でも、こういう状況になる可能性があることをわかった上で洸くんは私に協力してくれた」


「それはそうだけど」


 その時考えてた最悪の状況より、今の状況はもっと絶望的だと言っていい。布武坂楽市と繋がりがあった、協力関係だった程度ならまだしも、流石に同棲していたことが晒されることまでは考えていなかった。

 しかも、それを本人たちの口から伝えるだなんてやっぱり――。


「私たちなら大丈夫だよ」


 洸が瑠璃葉と一緒に活動していこうと心に誓った日。あの時と同じ言葉を彼女は放った。そして、それからまた彼女は話し続けた。


「洸くんが高校退学させられてから頑張ってきたこととか、お母さんの件で不登校になった私が君の配信を観て前に進めたこと。私もVtuberやりたくなったこと。布武坂楽市復活のために動いてきたこと全部言おう」


 瑠璃葉の言ってることを実際にやるとしたら、勇気がいるし覚悟も必要になる。布武坂楽市から、彼との繋がりがある全てから未だに逃げたくなる自分に果たしてそんなこと出来るだろうか。

 いや、きっと上手くいくことなんていかないだろう。――、


 瑠璃葉は恐怖を飛び越え、自分だったら喉元でつっかえて結局出し切れない勇気を出してくれている。本当の本当はどうしたいのかっていう『本音』で今もずっと話してくれている。


(だから、俺が勇気を出さないわけにはいかない)


 あの日、『今度は私の闘う姿を、あなたに見せるから!』、『だから、私と一緒にもう一回、『Vtuber』を楽しみましょう!!』って、瑠璃葉が言ってくれたとき、確かに洸は理屈なんかより先に彼女が差し伸べてくれた手を握ったのだ。


(俺は``信じたい‘‘って感情からもう逃げたりしないんだ!!)


 布武坂楽市をずっと信じ続けてくれているリスナー。

 いつもこっそりと手伝ってくれる梨々香と優芽。

 そして、目の前で真っ直ぐ目を合わせてくれる瑠璃葉。


 ずっと自分を信じ続けてくれた彼らに、そろそろ答えを出すときだ。


(信じてくれてありがとうって、言いたい!!)


 だから――、


「俺は瑠璃葉ちゃんと一緒にもう一回、『Vtuber』を楽しみたい」


「うん」


 周りを見渡せば、瑠璃葉はもちろんのこと、梨々香と優芽の二人の目にも迷いはなかった。


「俺だって、闘う姿見せるよ。これまであった出来事をありのまま、飾らない等身大のままの自分で全部話してみる」


「そして、楽市くん復活で、私ももっと配信者としてパワーアップして大団円だね!」


「うん。ハッピーエンドいや、新たなスタートを切るためにも、絶対に上手くいかせるよう策を練ようか!」


 こうして、消えたVtuberをもう一度、生き返らせる物語はいよいよ最終局面へと移るのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――《後書き》

 これにて二章も終了です!そして、次回からはいよいよ最終章です!!!!お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る