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「大阪、福岡、広島、仙台、名古屋、横浜、そして今日、羽田。今回のツアーは EMPTYエンプティ GLASSグラス 十五周年ということで回ってきました。——十五歳の人っていますか? ……いないかー。じゃあ十四歳の人は? いる? ……あ、EG BOY がいた。BOY だけかな。——わかった、じゃあ十三歳の人! …… GIRL がいたね」

 さっきみたいに目が合って、笑っている NOLノル が眩しすぎて何をしたらいいのか分からずに数回飛び跳ねる。本当にヤバい。十三歳でよかった。信じられない。

 五月で十四歳になったミチも NOL と目が合ったんだろうな。嬉しすぎてMCが頭に入ってこない。さっきライブが始まる前に行った物販を思い出す。宛名を書いてプレゼントボックスに入れてきた手紙とステッカーのことが突然頭に浮かぶ。足湯に浸かってから着替えた、ツアーTの新しい布の匂いがした気がした。NOL の声が頭上に降ってくる。

「次が最後の曲です。『Flying High』」


 アップテンポの『Flying High』が終わり、まだ暗いライブハウスの中に声が上がり始める。

「「「EMPTY!!!」」」

「「「GLASS!!!」」」

「「「EMPTY!!!」」」

「「「GLASS!!!」」」

 四人が姿を消したステージの上で交互に光るEとGに合わせて叫ぶコール。いままでブルーレイで観てきたアンコールと同じだ。声が掠れるくらい叫び続けていると、ゆっくりと EMPTY GLASS がステージに現れた。タイトルコールなしにいきなり始まる曲。『Zappinザッピン' Shoppinショッピン'』だ。ライブの定番曲で簡単なダンスを一緒に踊る部分がある。振り付けが飛んでしまうくらい NOL を目で追っていたので、少し間違えたけれど楽しかった。


「アンコールありがとう。みんなの声でまた戻ってこれました」

 二回目のアンコールでステージの上に四人が揃うと、さくさんから順番に四人がそれぞれ話してくれる。最後に NOL が話していると AKIアキ が弾き語りを始めた。

「Happy Birthday to you♪ みんなも!」

「「「Happy Birthday to you♪ Happy Birthday dear "NOL"♪」」」

 AKI が爪弾くメロディに合わせてみんなで歌うバースデーソング。NOL のバースデーまであと四日なので、ステージの下手しもてからサプライズのケーキが出てきた。

「えー嘘、うれしい。ありがとう」

 キャンドルの灯を吹き消す NOL。

「「「おめでとう!!!」」」

「おめでとう!」

 ライブハウス中に拍手とお祝いの声が飛び交う。

「十三歳と十四歳の EGEB より少し先に十五歳になるよ。俺、0歳から EMPTY GLASS やってるもんで」

 周りから湧き上がる笑い声。『十三歳と十四歳の EGEB』……。当日ではないにしろ、こうして同じ空間で直接祝えるなんて。

 ずっと NOL だけ見ていたい。もう次の曲でライブが終わってしまう。ずっと同じ空気を吸っていたいのに。


 ダブルアンコールは、私が EMPTY GLASS を好きになったきっかけの曲『GUILTY DROP』だった。ステージ中央先端の一段高くなったところに立つ NOL が、今日もマーチンのエイトホールを履いているのが見えた。ずっと爪先立ちしていた私のどこにそんな力が残っていたのかと思うくらい、曲に合わせて腕を上げ続けた。


 ライブハウスから出るとまだ蒸し暑い空気が夜を覆っていた。少し長い階段を上り、待ち合わせ場所を探すとすでにお母さんとミチのお母さんが来ていて迎えてくれた。ミチ、場所を間違えていないかなと思うくらいの間、三人で待っていると人混みの中をやっと近づいてくる。ミチに大きく手を振る。

「隣の人たちと仲良くなってアカウント交換してた」

 友だちを待たせているからと言って別れてきたと謝るミチ。

「いいけど心配したよ」

「『友だちとも交換したい』ってついてきそうだったけど、リナそうゆうの苦手だろうし『今日はこれで! またライブのときに会いましょう!』って言ってこっち来た」

「うん苦手。そうだったんだね、ありがとう」

 意外と考えてくれてるんだな、とミチに感謝しながら四人で駐車場に向かう。カーゴパンツのポケットからペットボトルを取り出して、まだ残っている水を飲む。

「かわいいものが着いているね」

 お母さんの言葉に応えるように、ライブハウスのイニシャルの形をしたカラビナが、ペットボトルにあたってかたりと音を立てた。


 話たいことは沢山あるけれど、何から話していいかわからない。珍しくミチも何も話さずに、ペットボトルのお茶を飲み始めた。もう外は真っ暗で、隣を歩くミチの目が何だか妙に光を反射している。膨らんだ月を見上げて、私の瞳も月を映しているのかと考えた。きれいなものを見続けたから、自分の目もきれいになったような錯覚がしている。

「ガチで」

「うん」

「ガチでエグかったよね」

「うん」

 前を歩くお母さんたちの後ろについて車に向かう。

「十三歳の EG GIRL ってリナでしょ。あのとき目が合った? ほかのときも合った? 俺ははっきりと合ったのは一回だけかな。『十四歳の人』ってときに手を挙げたら、NOL が見つけてくれて」

「うん」

「いちばん良かった曲、何だった? 俺は『ツバサの色』かな」

「私は『GUILTY DROP』」

「ガチでエグかった」

「うん」

 二人とも語彙力が減少中。

 

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