08

 駐車場でミチのお母さんの車に乗り込み、ファミレスで夜ごはんを食べてから家まで送ってもらった。お風呂に入って歯を磨く。何をしていても今日のライブのことを思い出す。

『バースデー祝えて嬉しかったね! リナも八月でしょ NOLノル と一緒』

 ミチからDMが届いた。

『うれしかったね 私も八月生まれだよ 星座は違うけど』

 今日も眠れそうにないなと思いながら返信する。帰りの車の中でミチとわーわー言いながらスマホにメモしたセトリを開いて、思い出したことを入力していく。どの曲のどこで NOL が何をしていたか。いつ、何て NOL が言っていたか。

『サプライズケーキのときも ファンサくれたの覚えてる? 「十三歳と十四歳の EGEB」って言ったの あれ俺らのことだよね』

『うん あんなにうれしいファンサないよ 最高』

『思い出すたびヤバい』

『NOL エイトホール履いてたね』

『履いてた、履いてた』

『声出し曲 多かったね』

『スピンエッジ 盛り上がったよね』

『Zappin' Shoppin' も楽しかった』

『振り付け曲 来ると思って 予習しておいたんだよね』

『ZとSの向きが わかんないときがあったけど 楽しかった』

 申し訳ないけれど AKIアキさくさんと shunjiシュンジ さんを見る余裕はなかった。他のメンバーが話してくれているときも NOL を見ていた。


 八月の終わり、十四歳になった。何歳になっても、あの十三歳だったときの初めてのライブは忘れないだろう。毎日のように振り返っているし、早くブルーレイでもう一度聴きたい。円盤が買えるかどうかは別として。

 今月のファンクラブ限定生配信で、ニューシングルの発売が発表されたばかり。ミチと次のライブの予測をしている。今年中にニューシングルを冠したアリーナクラスのライブがあるかもしれないし、シングルの次にアルバムが出て、年明けからアルバムを引っ提げたツアーが始まるかもしれない。

 予想は尽きないので、誕生日プレゼントは現金にしてもらった。「もっときちんとしたものでお祝いしてあげたい」と言っていたお母さんには悪いけれど、いつどんな出費が必要になるかわからない。私の収入は、数少ない親戚からのお年玉と毎月の小遣いだけだし、その中でやりくりしないといけない。代わりに、というかツアーTは「普段も着れると思うから買ってあげる」と出してもらえたので、前回のツアーのグッズはリストバンドだけ買って残りは貯金に回した。


 九月に入って、学校がまた始まり、EMPTYエンプティ GLASSグラス のライブに行ったからといって昼夜逆転気味の生活が治り出席日数が増えるわけでもなく、終わらなかった夏の課題の続きを保健室でしたり、週に一度スクールカウンセラーに会ったりする日々が戻ってきた。

 変わったことといえば、ミチのお母さんとうちのお母さんがかなり仲良くなったこと。ほぼ週一で四人でカフェに行っている。初めて入ったときに英語であいさつしてくれた男の人はオーナーシェフで、接客もするコーヒーヘッドの男の人と笑顔がかわいい女の人は日本人だった。あのカフェはオーナーさんが海外の人だということもあり、英語を話す人たちが多く遊びにきていた。男の人も女の人も英語で仕事しているけれど、私たちには日本語で話しかけてくれる。

 今日もミチのお母さんの運転でカフェに来た。

「今日も暑いですねー」

 店員のお姉さんがにこにこしながら言う。もう九月末だけれど、みんな半袖を着ていた。ミチのお母さんはカフェの黒いTシャツを着ている。私はツアーT。ミチとお揃いにならなくてよかった。

 オーダーを済ませてレジのあるカウンターにステッカーを見に行く。

「これとこれが新しいですよ」

 飲み物の用意をしながらお姉さんが話しかけてくれる。

「あ、かっこいい」

「ほんとだ、かっこいい」

 ミチが隣に来て、新しいステッカーを触っている。

「リナが持ってるのどれ?」

「これ」

 一枚を指差す。

「二枚持ってますよね」

 笑顔のお姉さんと目が合う。

「一枚、推しにあげたんです」

「わあ、そうなんですか。どんどんあげてください」

「八月に、このTシャツのライブに行ってきて。ちょうど誕生日が近かったから手紙と一緒にプレゼントボックスに入れてきました」

「ライブいいですね。推しさんは何てゆう人なんですか」

「EMPTY GLASS の NOL です」

「ノルさんってゆうんですね!」

 手際よく飲み物を作り終えたお姉さんが、私たちのテーブルに向かう。腰を下ろして、届いたアイスラテのグラスを持った。


 NOL にしか、いや NOL にさえ全部言えない大きな想い。抱えきれずに両腕から溢れてしまわないように、毎日過ごしている。まあ溢れてしまう夜もあるけれど、EMPTY GLASS を聴きながら濡れた目を閉じる。朝が来るのが嫌で、眠りたくなかった私を救ってくれたのは EMPTY GLASS だった。またライブに行ける日まで頑張れる、気がする。もう十分頑張っていて、生きている以上に何を頑張ればいいのだろうと思う日もあるけれど、私は NOL がいるから生きていく。NOL が歌ってくれるから生きていく。こんなこと手紙に書くわけにはいかなかったけれど、本当は言いたかった。「毎日ありがとう」って。大好きだよ。あのとき目が合った、NOL の笑顔を思い出す。



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