ウキウキな気分
「さてさて、そうすると天野さんは、そのアニメの世界のような感動をもう一度味わいたいわけですね? 先ほどから、少し顔が緩んでいますよ?」
夢野さんがかうようにそう言って、わたしは思わず顔を隠した。
え? うそ? わたしってそんなに顔に出やすいのかな。気をつけないと。
夢野さんが笑いながら椅子を引く音が聞こえて、わたしは顔を覆った手をカップへと向けた。気持ちを落ち着けるために、ココアを一口飲む。
夢野さんは棚から紙と黒ペンを取り出して、テーブルに置いた。
「さぁ、どうぞ。お目当ての物ですよ」
わたしは黒ペンを手に取り、さっそく書こうとしたけど寸前でピタッと手を止めた。
そう言えば、初回は無料っていう話がなかったっけ? わたしはこれで二回目だから、もしかしたら有料かもしれない。せめて、いくらなのかは事前に確認しておかないと。
「あの、これって今回からお金がいるんですよね?」
わたしが恐る恐る訊くと、夢野さんはなにかを考えるように宙に目を向けて言った。
「そうですねぇ。どのお客さんにも、基本的に二回目からは一枚につき三千円という代金をいただいていますが……」
一枚につき三千円。その言葉にわたしは目の前が真っ暗になった。
結構高い。三千円って、わたしの毎月のお小遣いと同じだ。あんな素敵な夢を、わたしは他のすべての買い物を犠牲にしても、月に一度しか見られない。悪い知らせはそれだけではなくて、そもそもいまのわたしには持ち合わせがなかった。少なくとも今日は諦めないといけない。
「天野さんは学生さんですよね?」
途方に暮れて白紙を見つめていると、夢野さんが訊ねてきた。夢野さんは未だ思案するように顎に手を当てている。
「はい。中学二年生です」
「そうですか……」
夢野さんはうんうんと頷き、「分かりました」と呟いてからはっきりと言った。
「それでは、学生サービスということで三回分は無料にしましょう!」
「え? いいんですか?」
わたしは思わず訊き返した。あと二回分も無料にしてくれるなんて、うれしいけど同時に申し訳ない気持ちにもなってくる。
「大丈夫です。学生さんにとって三千円はなかなか高い買い物ですから。特に中学生はアルバイトもできませんし、ここはサービスさせてください」
笑顔で答える夢野さんを見て、真っ暗だった目の前がパッと明るくなった。
これで、またスガッチの夢を見ることができる。わたしは「ありがとうございます」と頭を下げた。夢野さんは「いえいえ」と手を振ると、窓際の方へ向かっていった。
わたしはペンを握り直し、紙への記入を進めた。
時間は今日の夜十一時から明日の朝七時。夢の内容はもちろんスガッチとのデート……だけど、場所はどこにしようか……。恋愛経験なんてないからパッと思いつかない。こういうときってどこに行くといいんだろう。漫画やアニメを参考にすると、定番なのはやっぱり遊園地とか水族館かな。
遊園地はほとんど行ったことないけど、水族館なら学校の行事や家族との旅行で何回か行ったことがある。どうせならちゃんと記憶にある水族館にして、リアリティのある夢にしよう。
わたしは夢の内容をスガッチとの水族館デートにして、紙をクリアファイルに仕舞った。
もう一度、いや、もう二度、スガッチと過ごす夢を見ることができる。
そう考えるだけで、帰り道はウキウキな気分だった。
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