コンビニで救われる

 寄ろうだなんて、正常な頭では考えるはずもないのに。

 帰り道、道路わきのコンビニに、惹かれる。

 陽の落ちたうす暗闇にたたずむ光る箱。

 飛んで陽にいる虫みたいにして、車たちが駐車場に吸い込まれていく。


 仕事中、必死で浮かべていたうすっぺらな笑顔が、自動ドアに迎え入れられると同時に剥がれかける。

 買うものは決まっている。

 それなのに他にも買いたいものを探してしまっている。

 ここには選ぶ自由がある。

 必要なものだけしか買わないなんて、つまらないでしょう。

 もう「それしかない」のはうんざりだから。

 夜ご飯と一緒に、新作のスイーツを買う。

 それから、ノンアルの檸檬サワーも。

 買い物かごは取らなかったが、もしかしたら必要だったかもしれない。

 張らなくてもいい意地を張って、両手いっぱいに食料を抱いている。


 会計に並ぶ。

 前方では、レジ前陳列のお菓子に手を伸ばそうとした子どもの手を、母親が制したところだ。


「いらっしゃいませ」


 自分の番になる。

 店員さんのはつらつとした声で、胸の中にあたたかな熱が生まれる。


「レジ袋は御入用ですか」

「商品だけでいいです」

「お箸やおしぼりはいかがですか」

「大丈夫です」


 バカみたいだと思われるかもしれないが、こんなやりとりをするのが楽しい。

 笑顔でサービスをしてもらえることがこんなにも嬉しいことなのだと、ここに来ると分かる。


 電話越しの冷たい声も、怒りっぽい上司もここにはいない。

 コンビニは楽園で、店員さんは天使だった。


 決済ツールを起動して、スマホを差し出して会計を終える。


「ありがとうございました」


 店員さんのお礼に、去りながらお礼を返す。

 自動ドアをくぐる。

 見上げた空は、オレンジ色と夕闇が溶け合っていて。

 逢魔が時とは言うけれど、夕方とは、朝焼けに連れていかれた本当の自分が帰ってくる「おかえりなさい」の時間だと僕は思う。


 陽が沈む。夜が来る。車に乗って、家へと走る。

 Bluetoothでつないだカーオーディオから今期のアニソンが流れる。

 一日の戦いに終止符が打たれ、とびきりのチルタイムに身をゆだねていく。


 僕に帰る時が、やっと来たのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る