幕間 キリカ

 私の名はキリカデール。キリカデール・シアン・アールヴリットという名は今ではほとんど使っていない。アールヴリットを興した七代前のおばあちゃんがエルフだったという話だけれど、どこまで本当かはわからない。幼名のシアンは瞳の色らしい。古い言葉なのか意味はよく分からない。透き通る水の色なのだそうだ。



 ◇◇◇◇◇



 私には愛して止まない友が居る。彼女は私を窮地から救ってくれた。牢に閉じ込められて全てに絶望していた私を、同じ境遇にも関わらず救い出してくれた。赤い髪のお姉さまという雰囲気だったし、本人も姉のように振舞ってくれていた。


 しかし私は、彼女が時折り独りの時に、寂しそうな女の子の顔をしていることに気付いてしまった。私の前では気丈に振舞っているが、本当は誰かに頼りたいのだと思い胸を痛めた。私は彼女の重荷にはなりたくない。年頃を迎えて急激に伸びた背は私に自信も付けてくれた。私こそがアリアのお姉さまとして頑張るのだ。



 アリアは男性に対して近づきすぎるわけではないけれど、どこか甘いところがあった。悪い男に頼りになるところを見せつけられでもしたら簡単に騙されるかもしれない。私は彼女の周りに近づく男にはできるだけ注意を払うようになった。ただ、冒険者として生きる彼女を孤児が守れるわけがない。早く成人したかった。


 心配していたことが起こった。彼女が孤児院に顔を出さず、行方がわからなくなったのだ。宿を訪ねても帰ってきていないし、ギルドでも見かけられていない。泣き腫らして帰ってきた私を、ルシャが慰めてくれた。


 アリアはちゃんと帰ってきてくれた。娼館の地下に閉じ込められていたそうだ。探しきれなかった自分を悔いた。もっと彼女を守れる力が欲しい。盗賊の祝福では彼女を守れない。もっともっと強い力が……。



 翌日、アリアは男を連れてきた。黒目黒髪のひ弱そうな男だ。頼りにならない――それが最初の印象だった。私はアリアと二人になって、どういうことかと問いただした。騙されていると思ったからだ。


 意外なことに、彼女はその男に助けられたのだと言う。そんなに強そうには見えない。彼女は、男の鑑定の能力を我が事のように誇っていた。すごいでしょ――そんな風に自慢してくる彼女に少しの苛立ちを覚えた。



 私たちはその男と薬草摘みに出かけた。男は意外にも紳士的で、気弱ではあるが私たちを気にかけてくれた。何よりあのルシャが嫌がっていない。会話こそないが、傍に居て居心地悪そうにしていない。考えていたよりもいいやつなのかもしれない。


 アリアは薬草を売ったお金の自分の取り分でご馳走するとはしゃいでいた。機嫌のいい彼女は可愛くて仕方がないが、これで男が一緒じゃなければ――なんて考えていた。


 その考えを察したかのように、男はいつの間にか居なくなっていた。焦るアリア。男を探して通りに走り出る彼女。私はさっきまでの自分の考えに恥じ入るばかりだった。


 戻ってきたアリアは機嫌こそ悪かったけれど、こんなに感情的になる彼女は久しく見ていなかった。私たちの面倒を見てくれるお姉さんから、女の子になったように見えた。そして彼女をそんな風にしてくれた男に興味を持った。私も意外と甘いのかもしれない。



 ◇◇◇◇◇



 魔王領への遠征から帰ってきた私たちは再び日常へと戻ることができた。先日の凱旋もあって、ギルドへ行くと冒険者連中から声をかけられることがますます増えた。中には求婚の言葉を投げかけてくる者も居る。


 私はこれ幸いと、腕試しを提案する。腕を磨くのは好きだ。剣聖の祝福を授かったことで何もなかったところに突然、剣の技術が沸いて出た。アリアは小さい頃から腕を磨いてきたのに、祝福ひとつであっという間に彼女を追い越してしまったのだ。申し訳なさしかなかったのに、アリアにとってはいつでも剣聖と腕を磨けることが嬉しいらしい。


 ギルドで腕を磨くのは当たり前のような日常になってきた。彼らも腕を上げている。動機はともかくとして、その雰囲気がとても好きだった。そんな充実した日常だったけれど、ひとつだけ憂いがあった。ユーキだ。



 ◇◇◇◇◇



 ユーキは何故か不思議になるくらい女の子に好感を抱かれる機会が多い。今もほら、ルシャによく似たおっぱいの大きな女の子の冒険者に挨拶をされてしどろもどろになっているが、あれは昨日、彼が助けた子だ。


 魔術師の女の子がパーティの仲間に役に立たないと咎められているところを、――魔術師なんて重要なところで役に立てば普段は余裕を持ってもらう方がいい――そう言って助けたのだ。その辺りはリーメを見ているとよくわかる。その子は結局、若い冒険者パーティに移籍していた。


 普段はロクに人と会話できないくせに、ユーキは気に入らないことがあると流暢になる。そしてたいていは女の子がらみだ。まったく、アリアの恋人ということをもう少し自覚してほしい。



 またユーキは自信がなく、卑屈なところがある。アリアと一緒じゃない時はよく冒険者からいじられている。少女パーティのヒモなどと自嘲していることさえある。外からきた冒険者にパーティの席を代わってくれと度々頼まれている。この間なんか、まだ成人していないくらいの少年に、アリアを賭けて決闘を挑まれていた。


 ――アリアは物じゃないし、俺じゃなくアリアに言え――と言っていたのだけは……まあ、評価するわ。


 けれど私はユーキの卑屈さが気に入らない。仮にもアリアの恋人なのだから。


 私はちょっとした意地悪を思いついた。


 本を読んでいるユーキ。彼が唯一持っている本で、最初はあれだけ持っていた。

 お茶は既に飲み終えていて、今は読書に夢中のようだ。


 私は近くの椅子に座ると、おもむろにブーツを片方脱いだ。今日も手合わせをした冒険者の男たちが周りには大勢いる。そんな中でブーツを脱ぐと注目の的になる。ルシャがこの場に居たら顔を真っ赤にして――はしたない!――と怒ることだろう。


 私は足をピンと伸ばし、ユーキに向ける。


「ユーキ、足をお舐めなさい」


 周囲の男たちは生唾を飲み込む音が聞こえるかと思うほど、静まり返って注目していた。


 どうよ!――そんな顔をしてユーキを煽る。


 しかしユーキは関心なさげな顔を一瞬向けたかと思うと――


「ひゃん!」


「「「(ひゃん!?)」」」


 彼の行動に思わず変な声をあげてしまった! 周りにも聞かれてしまった。

 彼は私の足首とひかがみに手を添え、足先に顔を近づけ、長靴下を脱がそうとしてきたのだ!


「何するのよ変態!」

「いや、キリカがやれって言ったんだろ……」


 慌てふためく彼をイジメるつもりが、私が慌てふためいて逃げ出す羽目になってしまった。ブーツを履きながらギルドを後にするが、後ろで歓声が上がっている。なんなのよ全く……。


 翌日から何故か、私を倒した最初の男とユーキが祭り上げられることになった……。



 ◇◇◇◇◇



 私がいちばんに愛しているのはアリアだ。なんならアリアと結婚してもいい。できないけれど。ユーキは女の子たちの後ろくらいの『好き』だけど、彼の祝福に幸せを感じるのはわかる。ルシャが主張する、アリアに見守られながらの祝福というのも最近なんとなくわかってしまった自分がちょっと憎い。







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 この世界の世界観では、R18表現を『靴下を脱がせる』という表現で代用しています。靴を脱がせるだけでエロさを含む行為なのに、ユーキがやろうとしたのはかなり大胆で破廉恥な行為です。貞操観が違う世界ってやつですね。


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