第57話 布石



 新型の機士席の試験を終え、1ヵ月が経った。コラーデが開発に参加した疲労軽減型の機士席の試験は良好な試験データを回収できたことで正式採用が決まった。



 今後開発される霊機には疲労軽減型が搭載するよう、王国軍から各霊機工房に下命された。



 これにより旧世代化する機体の改修計画や新世代機の開発計画がいくつも開始されたと聞いている。それらの機体ができ上ってくるのは大襲来が発生してからになるわけだが。



 あと、汎用霊機グラディエーターも提出した試作機の戦闘データによって、王国軍の新規採用機体として量産化が決定した。



 今後、順番に機族家にも購入が許可されていく予定で動いているそうだ。



 今回の試験結果で、グラディエーターの開発を担当した霊機工房からは大いに感謝され、試作機2機の無償提供及び無償メンテナンス権だけでなく、ドワイド家の優先購入権も手に入れられた。



 義父上もこれにはびっくりしてたようだが、王国軍も許可を出した正式なものであるため、旧世代機からバンバン買い替えしても怒られることはない。



 大襲来イベントが起きれば、ドワイド家の領地が狙われる可能性もあるので、打てる手はいくらでも打っておきたいと思い、別の霊機工房から持ち込まれた試作武器などを機士学校の操練場で試験したりして、忙しい日々が過ぎた。



 忙しい日々がすぎ、久しぶりに落ち着いた朝を迎え、いつもの鍛錬を一人でしていると、ローマンが困り顔で話しかけてきた。



「坊ちゃま……。パトラ様が坊ちゃまをドワイド家の後継者候補の地位を外すよう、ご自身の実家や、他の有力機族に働きかけてるとの噂が入ってまいりました」


「好きにやらせておけと言っておいたはずだが」


「ですが、日に日に噂の声が大きくなっております」


「賢明な義父上が健在な限り、俺の後継者候補の地位は揺らがない」



 義父上の側近からの報告だと、パトラが自分の子を後継者にときつく迫っているという話だが……。



 ブロンギの実子は無事に生まれそうであるため、俺の追放フラグが立ちそうな気配が漂ってきた。



 それと同時に首席機士で卒業する主人公リンデルが、機士王の直臣として採用されるという通常の本編開始イベントのフラグの成立も漂ってきた。



 なぜなら義父上に対し、機士王が俺を直臣としてスカウトしたい旨を書簡で送ってきたという話を聞かされたからだ。



 ルシェである俺が、主人公リンデルルートを代行しているため、ここがゲーム内世界であると考えた時、ストーリーの整合性を保つための修正が働いてるのではという疑念もある。



 ただ、ルシェ追放のトリガーはブロンギの死だから、まずは義父上に生きてもらうのが大前提と考え、身辺の警護は依頼してある。



「義父上の周囲にはちゃんと護衛を付けてあるな? 不穏分子を近づけさせるな」


「それは坊ちゃまに言われた通り、剣の腕の立つ機士を護衛を付けております」


「なら、いい。義母上は放っておけ。こっちが下手に騒げば義父上が苦しむだけだ。それは俺の本意ではない」


「はっ! 承知しました」


「ただ、ルカの耳にはお家騒動のことは、入らないようにしてくれ。義父上も気を使ってくれるだろうが、そういった噂はどこから入るか分からない」


「万全を期しております。このローマンがいる限り、このような醜い内輪の話はルカお嬢様のお耳には触れさせません」



 ローマンが請け負ってくれれば、ルカの耳に入ることはないだろう。シアもその手の話は絶対にルカの前ではしないだろうしな。



 できれば何事もなくドワイド家を継ぎたいが、お家騒動が酷くなるようなら、ルカを連れて機士王の直臣として独立する準備もしておいた方がいい。



「ローマン、悪いがもう一つ頼まれてくれ」


「坊ちゃまが頼み事とは珍しいですな。爺にできることであれば、何なりとお申しつけください」


「では、王国北部の最前線にあるヴァシナリーという都市を調べておいてくれ。どんな情報でも漏らさず細やかに調べておいて欲しい」


「はぁ? 北部の最前線の地を調べるのですか? なんのために?」



 主人公リンデルが機士王の直臣になった後、与えられる領地がそのヴァシナリーという名の場所だ。



 ゲーム本編の開始の地であり、機士王を目指す最初の一歩を刻む場所だった。



 今から調べておいて損はないはず。



「地名が俺の運を切り開いてくれそうな地だと思ってな。気になったのだ。調べておいてくれ」


「は、はぁ。坊ちゃまがそう申されるなら詳しく調べておきます」


「ああ、頼むぞ」



 ローマンが一礼をして立ち去っていくと、屋敷からシアが声をかけてきた。



「ルシェー! 朝ご飯できたよー! 今日からエルも学校来るってさー! 急いでー!」


「ああ、そろそろ鍛錬を切り上げていく」



 そう言えばエルは親友が屋敷に泊ってるからと言って、この一週間ほど鍛錬にも学校にも顔をだしてなかった。



 泊っている親友は名前を聞いてないが、たぶんマリリシャだろう。



 天才機士様は、エルのことをとっても気に入ってるし、大事にしているからな。旧交を温めているのだろう。



 この前の戦いで落とし穴に落ちたことをけっこう気にして落ち込んだ様子だったのが気になるところだが――。



 真面目で努力家のエルは、あの失敗を糧にさらなる成長を見せてくれると思っている。俺からの下手な慰めは、彼女の成長を阻害するだろうし、マリリシャが上手く慰めてくれているはずだ。

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