第43話 裏方の仕事


「かぁーっ! ぶっ壊れてるじゃねーか! ルシェの野郎! どんな訓練したらこんなことになるんだよっ!」


「操練場に近衛機士たちや王国軍まで大挙して来てるぞ! どうなってるんだ!」


妖霊機ファントムと魔物が操練場に出たらしいって話だ」


「馬鹿! 未確認情報だって話だ! いい加減なことを言うと懲罰くらうぞ!」



 ルシェの専用機である金色のザガルバンドが運び込まれた整備棟内の格納庫は、整備科の生徒たちで騒然としていた。その喧噪の中でルシェの機体の整備担当をしている生徒たちの顔色は蒼白だった。



「これは……数日泊まり込みだよな」


「左腕と下は総とっかえっすよ。射撃訓練用に持ち出したエレメントライフルはオーバーホールしないといけないくらい損耗してるっす」


「ただでさえ、ルシェが毎日激しい訓練してて、損耗が激しいから帰れない日が続いてるのに……」


「オレ、最近整備しすぎて、ザガルバンドなら全バラして一から組み上げられる気がします」


「オレもだ」



 彼らの顔が蒼白なのは、近衛機士の霊機によって格納庫に持ち込まれたルシェの機体の左腕と脚部が完全に壊れ、自走不可の大破状態であるからだ。



「どれくらいかかるっすかね」


「予備の部品は腐るほどあるが、人手がな――手伝ってくれるやつがいるといいんだが――」



 ルシェの機体の整備を担当する班のリーダーが、やじうまとして集まってきていた他の整備科の生徒たちに視線を送る。視線を向けられた生徒たちは一様に視線を逸らし、格納庫内からきびすを返して立ち去ろうとし始めた。



「ルシェのためになんか手伝えるかっての。あいつが入学式の親善試合でぶっ壊したザガルバンドが何機あると思ってんだ。あれのおかげでみんな迷惑してるんだぞっ!」


「そうだ! そうだ! 俺らだって自分の担当してる機体の整備があるんだぞ!」


「俺たちを恨まず、ルシェの担当になった自分たちを恨め」



 整備科の生徒たちが言い争っていると、大破した機体の搭乗口が開き、中からシアが降りてきた。シアの登場で言い争いはすぐさま止み、格納庫内に静寂が訪れる。



「この機体、どれくらいで直せる? できれば、代替機ではなく、これに乗りたい。あと、ルシェの訓練に影響が出ないよう早めがいいんだけど」



 声を掛けられた担当班のリーダーは、シアに対して姿勢を正し敬礼をする。



「3日、下さい! やってみせます!」


「え? 3日? 3日もかかるの?」


「すみません! 2日で完ぺきに仕上げます!」


「うんうん、それだとルシェは喜ぶよ。ありがとう。みんなも手伝ってあげてね」


「「「「御意!」」」」



 格納庫にいた整備科の生徒全員が、先ほどまでと態度を翻し、文句を口にすることなくルカに向かって敬礼をした。



「あ、そうだ! これは、ムリなお願いに対するわたしのお土産。新種との戦闘データとエレメントライフルの射撃精度向上用のデータ。あと、ザガルバンドの機体性能向上用の解析データね」



 ルカが光るクリスタルを手の上に3つ作り出すと、担当班のリーダーに向け投げ渡した。投げ渡されたデータの希少さに気付いたリーダーが震えだす。



 震えだしたのは、設計思想が旧式で、これ以上性能が上げられないと言われ続けたザガルバンドの性能が上がるデータが自分の手にあるからだ。



 一番普及している従霊機のザガルバンドの性能が向上するなんてことになれば、王国中が大騒ぎになる。



「ちなみにこのデータで再調整したら、どれくらいの性能向上が見込まれますか? ちなみにですが……」


「んーっと、精霊の格で変わるけど汎用精霊石でも1割くらいの性能向上は見込めるはず。わたしで3割くらい上がってるから。射撃精度も同じくらいは上がると思うよ。その分、戦闘ごとの損耗度は上がるから、整備頻度は上がるけどねー」


「なるほど、勉強になります」


「じゃ、そのお土産は近衛と王国軍にも出しておいて。わたしはルシェのところに行ってるから」


「はっ! お任せください!」



 シアが格納庫から立ち去るのを整備科の生徒たちが直立不動で見送る。彼らにとって精霊王のシアは神と同じ存在であり、不敬を働くことは許されないと授業でもきつく言われ刻み付けられている。



 シアが立ち去ると、一同から一斉に安堵のため息が漏れた。



「マジかぁあああ! ザガルバンドの性能向上データが出てくるなんて思わないだろ! 普通!」


「シア様やべーぞ! 他の精霊王様たちよりも有能すぎんか?」


「馬鹿、他の精霊王様たちに聞かれたら怒られるだろうが!」


「待て待て、このデータで再調整されたザガルバンドは整備回数が増えるんだぞ! オレら整備士にとってそれは地獄では!?」


「待て待て! 考え方を変えろ。従霊機の戦力向上によって大破機体が減れば負担は減るはずだぞ」


「待て待て! まず勝手に書き換えられないだろ。講師なり、校長なり、下手したら王国軍の上層部の許可がいるぞ」



 整備科の生徒たちの討論によって格納庫に喧噪が再び戻って来た。この日、格納庫から明かりが消えることは一度もなく、2日後には完全に元通りとなり塗装を持つルシェの機体が組み上がっていた。



 そして、数日後にはシアが提供したザガルバンドの各種データの有効性が王国軍の技術者たちによって認定され、性能向上に向けた再調整が王国各地で実施されることが決定した。

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