第16話 主人公リンデルの行方



 食事を終えると、シアを連れて義父の執務室に向かう。執務室の中には家臣たちが詰めており、ざわざわとした雰囲気だった。機士は領主でもあるため、領内のいろいろな諸問題が持ち込まれ裁定を下さねばならない。



 特にブロンギのような家臣として従機士を多数抱える有力機士は、家臣から持ち込まれる問題の裁定も求められるため、よりいっそう忙しかった。



 俺の姿を見た義父の家臣たちが、左右に分かれ、執務机にいる義父までの道ができる。キョロキョロと周囲を見まわしてるシアの手を引き、目の前に進み出ると、仕事をしている義父の前で頭を下げた。



「義父上、『対話の儀』を終え、昨夜、王都より帰ってまいりました」


「ローマンから大体の話は聞いておるし、機士王陛下からも『対話の儀』でのことを書いた書状が届いておる」



 機士王様からの書状は、儀式の間での私闘の件だろうか……。それとも、精霊王位のシアと契約して名前を覚えられた件か。どっちだろう。



 義父から投げかけられた『機士王様からの書状』という言葉に対し、身に覚えがありまくる俺は頭を上げられぬままだった。



「安心せよ。機士王陛下からの書状は『ブロンギは、よい後継者を得たな』という褒め言葉だ。それとお前が喧嘩したデル・ニダの実家も書状を送ってきており、精霊王位と契約したお前とは争うつもりはないそうだぞ。ということで頭をあげよ」



 ゆっくりと頭をあげると、今まで見たことのないくらい上機嫌な表情をしたブロンギがいた。



「怒っておられぬのですか?」


「私闘は頂けぬが、相手側が詫びを入れてきたのであれば、怒る理由はあるまい。それに機士王陛下は褒めておるのだ」


「はっ! ありがとうございます」


「それにしても……精霊王位と契約か……。人の形をとる精霊は初めてみたが……」



 ブロンギの視線が俺の隣に立ってキョロキョロと周りを見回しているシアに注がれる。小柄な女性サイズになってもらっているシアには、大人しくしているようにと頼んであるため、口を開く様子はなかった。



「シアと名付けました」


「精霊は位が上がるほど気難しいという話だ。最高位の精霊王となれば、他の精霊とは段違いに気難しさを発揮するはずだ。シアの機嫌を損ねないようしかと話し合ってくれ」


「はっ! 承知しております」



 シアの扱いに関しては、『神霊機大戦』で十分に経験を積んでいるため、問題が起きる前に対処はできる。それよりも――大事なことの確認を義父上に頼まねばならなかった。



「義父上、実は一つお願いしたいことがありますが、お聞き届け頂けますでしょうか?」


「お前がわしに頼むことと言えば――ルカの件か? お前が不在の間はわしが常に食事をともにしておったぞ。実に体調が良さそうであった。お前の願いはそれを継続して欲しいということか?」


「ルカの件はとても感謝しております。義父上のおかげでルカも体調がよいみたいですし。義父上さえよければ継続してもらえると助かりますが――」



 ルカ専属のメイドの話だと、義父上は終始デレデレだったらしい。厳しいかと思ってた義父上だが、実は俺たちのことを大事にしてくれてたいい人だ。妹ルカのことも溺愛してたのを隠さなくていいとなったことで、いろいろと甘やかしてると聞いている。



 ルカも義父上を信頼してるって話だし、体調面ではいい影響を与えてくれてるので、食事の場に来てくれることは継続してほしかった。



 ただ、今日の頼み事はそっちじゃない。



「頼み事は別のことです」


「別のことだと? では、専用霊機が欲しいとかいう話か? さすがに精霊王位の出力に耐える霊機は、わしでもおいそれとは用意できぬ。しばし待て」


「そちらは必要ありません。機士になったら自分で用意するつもりですし」


「そうか……。専用霊機に関しては、そうした方がいいかもしれんな。制作時の資金や伝手はわしを頼れ」



 精霊王位のシアの力を100%発揮できる機体は、特殊なサポートキャラしか開発できず、普通の機体開発者じゃ作れないことはゲームで履修済みだ。なので、そのサポートキャラに出会うまでは、機士に叙任されると支給される初期機体のをしばらく使うつもりでいる。



「お心遣いに感謝します。ですが、今日の頼み事はそれでもありません」


「別だと? ルカでも霊機でもないとなるとなんだ?」


「実は今年『対話の儀』を受けた者の中に『リンデル』という者がいなかったかを、義父上の伝手を使って調べて欲しいのです」


「なにゆえ、その者を探すのだ?」


「自分と同じ『精霊王位・無属性』の契約者かもしれないという夢を見ました。本当に存在するのであれば、我が家と縁を結ぶのもありだと思い、探してほしいのです」


「お前が見たという夢の話をわしに調べろと申すのか?」



 周囲に詰めていた一部の家臣たちから笑いをかみ殺すような声が漏れ拡がる。次の瞬間、耳の痛みを感じると、執務室の窓ガラスが全部外に吹き飛んだ。



「誰? ルシェのこと笑ったのは? 手を挙げてみて。ほら、早く。何人かいたでしょ? じゃないと連帯責任にするよ」



 振り返ると、シアが表情を殺した顔で義父上の家臣たちを睨みつけ、腕を組んで仁王立ちしていた。先ほどの爆発は彼女の力だと思われる。シアに睨みつけられた義父上の家臣たちがガクブルと震えて、俺に助けを求める視線を送っていた。



「シア、義父上の前だ。落ち着いてくれ。俺の頼み事は、笑われてもしょうがないことだ。だから、落ち着いてくれ」


「でも、あいつらルシェのこと笑ったんだよ」


「もう一回言う。俺は笑われても問題ない。さっきのことは、シアが俺のことを思って怒ってくれたことだって分かってるさ」


「ルシェがそこまで言うなら、殺さないでおいてあげるか。そこと、そこと、そこのお前たち命拾いしたよ。ルシェに感謝しといてね」



 シアに指摘された三人が、すぐさま俺に対し膝を突いて頭を下げた。



 あの三人、実体化できるほどの強力な精霊力を持つ精霊に目を付けられたと思って、生きた心地してないだろうな。とりあえず、シアの気分が変わる前に退出させた方がいい。



 俺は頭を上げた三人に対して部屋から出るよう無言で促した。三人はそそくさと執務室から出ていく。



「ルシェ……。わしの執務室の風通しがよくなりすぎたんだが……。シアの力はさすが精霊王といったところか」


「申し訳ありません」


「まぁ、いい。それだけ強力な精霊と契約ができたということだしな。お前の命を助けてくれると思えば心強い。それと、『リンデル』と申す者の捜索はわしが責任をもって請け負うとしよう。これだけ強力な精霊王位の契約者がもう一人加わるのであれば、我が家にとっても重大事だからな」


「ありがとうございます! 義父上!」


「あと、シア。物はなるべく壊さんでくれると助かるし、わしの家臣も勝手に殺さないでくれるとありがたい」



 機士である義父上は、精霊の力を熟知しているため、精霊に対してわりと腰が低いようだ。シアに対して丁寧なお願いをしている。家臣の中でも機士たちはシアに対しては畏敬の念を持っているようで、執務室を爆破したことにも怒りは見せてないようだった。



「じゃあ、ブロンギから、ルシェを馬鹿にしなきゃ、物は壊れないし、誰も死なないってみんなに通達を出してくれる?」


「承知した。それは皆に伝えておく。それでも不心得者が出るかもしれぬが、その時は殺す前にわしに申し出てくれ」



 周囲を睨みつけるようにもう一度見まわしたシアが頷く。義父上の家臣たちの間に安堵の声が漏れた。

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