第13話 相棒


「やっと馬車に乗れたか。ふー、疲れた。精霊大神殿に聴き取り調査をされるなんて思ってなかった」


「疲れてるんだったら、わたしが膝枕しようか? ほら、ほら、ここにどうぞ」


「じゃあ、シアの言葉に甘えさせてもらうよ」


「うん、うん。どうぞ、どうぞ」



 人間サイズに戻り、ニコニコと笑みを浮かべるシアの膝に頭を乗せるため、座席に寝そべる。王都での『対話の儀』を終え、今俺がいるのは王都から遠く離れたドワイド家の領地に帰る馬車の中だった。



 俺は『神霊機大戦』で一番長い時間をすごしたキャラクターであるシアが、自分に膝枕してくれていることに感動を覚えていた。



 妹が残した難題を解決するため、苦行とも言える長い時間を助けてくれた彼女には、好意に近い気持ちを持っている。



 やっぱヤンデレのシアが一番可愛いよな。かいがいしく世話を焼いてくれるし、全力で俺を護ってくれる存在だしさ。こっちが依存した分、向こうも依存してくれるわけで甘えても怒られない関係ってすごくいい。



 ヤンデレ値チェックも、俺が他の娘に興味を持ちすぎず、シアが守りたい立ち位置を脅かす行動を選らばず、彼女を立ててあげれば容易に上昇しないわけで。



「どうしたの? わたしの顔に何か付いてる?」


「いや、やっぱシアは可愛いなって思ってさ。感動してたところ」


「うん、うん。ルシェは正直でいいね。さすがわたしの契約者だね」



 俺の言葉を聞いて、シアは平静を装っているが、頬は赤くなっているし、心なしか身体の温度が上がったように思えた。



「一つだけ聞いてもいいか?」


「なに、なに? いいよ」


「今さらだけど、俺と契約してよかったかな?」



 本来なら『精霊王位・無属性のシア』は、『神霊機大戦』の主人公リンデルが契約を交わし、名を与える精霊のはずだ。それが、同じ『精霊王位・無属性』と契約できるキャラだったとはいえ、主人公ではない俺が思わず『シア』と名付け契約してしまった。そのことでシアに迷惑をかけたのではという気持ちがあったのだ。



 視線の先のシアの頬が照れたようにさらに赤く染まる。



「当たり前だよ。ずっと誰にも声が聞こえず、あの空間に漂って寂しくしてたわたしを見つけてくれたのはルシェなんだし。それに契約する際、ものすごい強い思念でこの人の形を与えてくれたのもルシェなんだからね。わ、わたしのこと好きすぎでしょって思っちゃったくらい強い思念だったんだから」


「そうだったのか……」



 ゲーム内とはいえ、ずっと傍らで俺のことを支えてくれてた声だったから、シアの声が聞こえた時は嬉しかった。それに、契約の時、俺の知ってる姿形で現れたのを見て、抱き着きたい衝動を抑えるのが大変だったことを思い出す。



「ルシェはわたしとの契約が不満?」


「いや、大満足だ。シアと出会えてよかったと思ってるさ」



 恥ずかしさが募ったのか、シアが無言のまま可愛い手でポカポカと俺の胸を叩いてくる。



 はぁー、可愛いかよ。デレてるシア可愛すぎだろっ! 妹のルカから感じる可愛さとは、別ベクトルの可愛さだぜ!



 恥ずかしがってデレてるシアの姿を見たことで、契約後からずっと抱いていた不安感が消えていった。



「改めてよろしく頼む」


「うん、こっちこそよろしくね」



 とりあえず、俺がリンデルの代わりにシアと名付けた件は問題なさそうだ。ただ、これでサポートキャラのルシェである俺が、主人公リンデルの代わりを務めているような状況になりつつある。



 主人公リンデルが、この世界に存在してるのか、してないのかで俺の立ち位置が大きく変わってくる。存在しているなら、妹のため彼をサポートして功績を上げ、虹の宝玉を手にれなければならない。逆に存在していないなら……。俺がリンデルルートをこのまま代行する形で虹の宝玉を手に入れるしかないよなぁ。



 いちおう、リンデルルートを俺自身が代行する場合のことも想定しておいた方がよさそうだ。代行した場合、孤児であった主人公リンデルと有力機士の息子ルシェとの身分差がどう影響するかは分からないが……。



 それと――。もっと大事なことも確認しとかないと。



「シア、屋敷に帰ったらさっそく会って欲しい人がいるんだ」


「会って欲しい人? 誰?」


「俺の妹」



 それまでニコニコだったシアの表情がピキる。これがヤンデレチェックが入る前兆だった。この状態で扱いを間違えると、ヤンデレ値の上昇を招くもとになるので、慎重に言葉を選ばねばならない。



「妹ってことは女? 女だよね?」


「ああ、そうだ。大事な妹に俺と契約してくれたシアのことを紹介したいと思ってる。これから俺とずっと一緒に居てくれるシアを妹のルカも気にするだろうしね。顔合わせをしておきたいんだ。大丈夫かい?」



 俺の言葉の意味を考え込んでいるのか、シアの視線は宙に向けられていた。



 ヤンデレチェックが入るか、入らないかが決まるまでの緊張する時間が流れるが、わりと俺はこの時間が好きだ。それだけ、シアが俺のことを真剣に考えてくれてることでもあるわけだし、男冥利に尽きる。



 シアの考えがまとまったようで、元のニコニコした表情に戻ると、妹との顔合わせを了承する頷きを返してくれた。



「いいよ。大事な妹さんと顔合わせしとくのも大事なことだもんね」


「ありがとう。きっとシアなら妹も気に入ってくれると思う」


「そう? ルシェの妹かー。ちょっと興味ある」



 とりあえず、前段階のヤンデレチェックは回避できたようだ。ルカは基本的に病弱で大人しいし、俺以外には人見知りもするけど、世話好きのシアとなら上手くやっていけそうな気配はしている。



 強い精霊力の塊であるシアが、ルカを気に入ってくれると病状の進行を止めてくれるかもしれない。なので、顔合わせが上手くいくことを願うことにした。



 屋敷に帰った後のことを考えていると、儀式の疲れと馬車の揺れとシアの太ももの柔らかさのおかげで睡魔が俺を襲ってきた。

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