第12話 僅かにズレた世界


 機士王リゲル・ブレイブハートは、精霊大神殿の儀式を終え、関係者たちとの懇談を終えると自室に戻ってきていた。今は執務机に座り、溜まっていた執務の書類に目を通し、サインを書き込んでいるところだった。



 執務に励むリゲルの前に、黒い衣服で身を包み、顔のほとんどを黒い布で覆った人物が音もなく姿を現した。



「……ふん、お前か。何の用だ」


「同盟相手のご機嫌伺いといったところですよ」



 黒い衣装で身を包んだ人物は女性かと思われるような小柄な身体付きだったが、発した声は少年のものであった。リゲルは音もなく現れた人物に視線を向けることなく執務を続けている。



「同盟相手か。全力で訂正したいところだが、実状をもっとも正確に現した言葉だな」


「そうですよ。父上・・。我々とは同盟相手。お忘れなきよう」


「化け物に父呼ばわりされるいわれはない……と、言えたらよかったがな」


父上・・に認知はされておりませんが、血は繋がった子であるのは貴方が一番知っておられるはずだ。供物として連中に捧げた張本人なのだから」



 黒い衣装に身を包んだ少年は顔を覆っていた黒い布を解く。黒目黒髪の少年の顔の右半分は黒く焼けただれており、右目は赤く怪しい光を宿していた。書類から顔を上げたリゲルは少年の顔をチラリと見ると、その醜さに顔をしかめた。



「父上、そのような顔をされるのはおやめください。わたしの報告次第で連中との同盟が、今すぐに終わるということをお忘れですか?」


「お前に言われずとも、分かっておるわ」


「ならば、わたしに不要な悪感情を抱かせる行為はおやめください」



 リゲルが頷いたのを見た少年は、解いた黒い布で再び顔を覆った。



「さて、挨拶はこれくらいにして、本題に入りますが、わたしが予言していた者は現れましたか?」


「ああ、何百年ぶりかに精霊王位・無属性を生成した者が出た。お前が予言していたとおり、ドワイド家の養子であるルシェ・ドワイドが生成を果たしたぞ」


「それはよかった。彼がいなければ連中を満足させてやることができないのでね」


「ルシェは、次代の機士王となるべき男だとお前は言ったが――」


「ええ、今でもそう思ってますよ。少なくとも貴方よりはマシだと思います。彼は息子を敵の人質に出して和平を願う弱腰な男ではありませんからね」



 少年の嘲るような言葉に、リゲルは持っていた羽ペンを握り潰す。12年前の自らの決断を弱腰と言われたのが、相当頭にきた様子だった。



「言葉を控えろ! リンデル・・・・!」


「そちらこそ、声を潜めてくださいませ。事が露見して困るのは機士王の貴方ですよ。父上・・



 リンデルと呼ばれた少年は、冷たい視線をリゲルに投げかける。



「くっ!」


妖霊機ファントムたちは、貴方のようなニセモノの機士王ではなく、自らを滅ぼすような本物の機士王。いや、強い敵を欲しています。そのためだけに貴方との和平に応じただけということを肝に銘じておいてください。それとルシェが一人前の機士となれば、その時も和平は破られることもお忘れなきよう」



 リンデルは、それだけ言うと黒い靄となってリゲルの自室から掻き消えた。息子だと言い放った存在がいた空間を見つめるリゲルの眼には怒りが宿っていた。



「化け物どもがっ! 言いたい放題に言ってくれるっ!」



 怒りが収まり切らないリゲルは、執務机ごと力任せにひっくり返した。

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