(9)――最悪なかたちで歯車が噛み合ってしまった。

「どういうことだ?」

「僕の母方が神社の家系なんだけど、母さんは大桃に嫁いできてる。それで今は父方の土地に住んでるんだけど、庭の隅に祠があるんだ。どっちもっていうのは、そういうこと」

「その祠、いつからあるかってわかるか?」

「確か、ひいおじいちゃんの代って言ってたような……? ひいおじいちゃんが会社の社長をしてたからって聞いた気がする。まあ、父さんの代で会社は潰れちゃったんだけどね。それで、ええと、これ、本当になんの為に訊いてきてるの?」

 この問答の意図が読めず戸惑うオオモモくんを他所に、アサカゲさんは思案顔で、先輩さあ、と構わず話を続ける。

「親父さんの会社が潰れた以外にも、家族の誰かが病気したとか怪我したとか、家の雰囲気が悪くなった、みたいな話はあるか?」

 アサカゲさんがその質問をした瞬間、オオモモくんの顔からさっと血の気が引いていった。それはユウキさんの話を聞いたときほどではなかったが、心当たりがあることは明白な反応だった。

「……会社が倒産してから、父さんの酒の量が増えて、年々家の中の空気は悪くなってる感じはする。あとは――去年、僕が大怪我をして、陸上部を退部したんだ」

 違和感がないわけではなかった。

 オオモモくんは半年前まで運動部に所属していたというが、どうして一年生の後半で辞めてしまったのか。理由は様々考えられたが、彼を見ていると、どれもちぐはぐに思えて仕方なかったのだ。しかしまさか、大怪我をして以前のように走れなくなったからという、単純にして残酷な理由だったとは思わなかった。

「怪我をしたあと、しばらくは部活に顔を出してたんだけど、走れない自分がここに居てもみんなに気を遣わせちゃうなって思って、退部届を出して。だけど放課後、真っ直ぐ家に帰る気にはなれなくて、なんとなく校内をぶらついてたら、結城先輩の演奏が聞こえてさ。僕は先輩がピアノを弾いてるのを聴いてるだけだったけど……ねえ、アサカゲさん、これってまさか――」

「結城先輩が亡くなったこと自体を指して言ってんなら、それは別件だ。良いか、絶対に別だ」

 話しながら真っ青になっていったオオモモくんに、アサカゲさんは喰い気味に言った。

 そうして、話を整理するぞ、と続ける。

「まず、大桃先輩がこの学校で一切幽霊の類を視ない理由。そして、結城先輩を執着でこの世に縛っておきながら、結城先輩の状態が比較的安定している理由。それは、大桃先輩の母方の家系による加護が作用しているんだと思う」

「よくわからないけど、それは、良いことなんだよね?」

「ああ。だが半年前から、その加護で護りきれない災いが起き始めてる。先輩んちの庭にある祠、誰も手入れしてねえだろ? そんで、手入れをしなくなったのは、先輩のじいさんかばあさんが亡くなってから。違うか?」

「う、うん、合ってる。だけど、どうして――」

「どうしてわかったのか? 答えは簡単だ。呼び込んでおいて放置された祠の神様が、厄を振り撒き始めたからだ。今の大桃先輩は、加護と厄が綯い交ぜになってて、だから普通ならできないようなことを――死者の魂を現世に留めるなんて離れ業を成立させちまったんだ」

 脈々と受け継がれてきた神社の家系と、その加護。

 家に迎え入れ祀られることで、ご利益を授ける神様。

 どちらも、本来なら人間にとって有難いものであるはずなのに、最悪なかたちで歯車が噛み合ってしまった。こんなに哀しいことがあって良いのだろうか。

「音楽室には、簡単な厄除けも施してある。少なくとも状況がこれ以上悪化することはねえから、そこは安心して良い」

 呆然とするオオモモくんに、アサカゲさんは言う。

「大桃先輩、しんどいだろうが、オレの話を聞いてくれ。あんたの家の庭にある祠に、やってほしいことがあるんだ」

 アサカゲさんにそう言われ、オオモモくんはゆっくりと深呼吸をした。

 吸って吐いてを繰り返し、自身の中で現実を飲み込むように一度ゆっくりと頷いてから、アサカゲさんを見据える。

「ごめん、もう落ち着いたから、大丈夫。それで、やってほしいことってなに?」

「今日、家に帰ったら、祠の周りを掃除してくれ。んで、明日以降、毎朝祠に、米と水と塩を供えること。状況が劇的に変わることはねえけど、少しずつ改善はしていくはずだ。供えかたは――」

 そうしてアサカゲさんは、オオモモくんに祠への供えかたを足早に説明していく。途中でSHRの始まりを告げるチャイムが鳴ったが、オオモモくんからの頼みで、そのまま説明は続けられた。

「――とまあ、こんな感じだ。気になることがあれば、この三日間は、放課後に音楽準備室に居るオレに声をかけてくれりゃ良い。それ以降は、そうだな、萩森先生を経由するか、萩森先生に直接訊いてくれ。先生に話は通しておくから」

 今日日、高校生なら携帯電話を持っているだろうに、アサカゲさんは連絡手段にそれを挙げなかった。

 意図的にそうしているのか、そうでないのか。

 少なくともオオモモくんは前者で受け取ったらしく、

「わかった」

と、意図を汲み取った上で言及しない選択をした。

「それじゃあ、教室に戻るか。ああ、もちろん先輩のクラスまで案内するぜ」

 言いながら、アサカゲさんはちらりと俺を見て合図する。俺はそれに頷いてから教室を出ようとした矢先、オオモモくんがアサカゲさんを呼び止めた。

「朝陰さん、最後にこれだけ言わせて欲しい」

「なんだよ」

 振り向きざまに怪訝そうな顔をしたアサカゲさんに、オオモモくんはすっと右手を差し出した。

「ありがとう。それから、よろしくお願いします」

 しかし、アサカゲさんは差し出された右手を見て、首を傾げていた。

「ア、アサカゲさん、握手だよ握手! 万国共通の挨拶で、敵意がないことを示す意味でも――」

「うるっせえ握手くらい知ってるわ!」

 思わず声を上げた俺に、アサカゲさんは噛みつくような返事をした。が、そうしてから、しまった、と言わんばかりに苦い表情を浮かべてオオモモくんを見る。

「うん? ああ、もしかして、さっき言ってた、ろむって幽霊さん? なにか言ってるの?」

 視えない人の前で、幽霊と会話をする。

 どうしたってそれは、奇っ怪な行動と取られても仕方がない。

 しかしオオモモくんは、状況が状況だからか、平然とした様子でそう言うだけだった。アサカゲさんとしても、その反応は予想外だったのか、毒気の抜かれた顔をしている。

「別に、大したことじゃねえよ。短い間だけど、よろしくな、先輩」

 そうしてアサカゲさんは、オオモモくんの手を握り返した。なんとなくぎこちない手元の動きに、彼女はこういうのに慣れていないのかもしれない、なんて思った。

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