(8)――「最初に言っておく。オレはあんたを断罪しに来たんじゃねえよ」
「なんだ、居るじゃねえか、大桃先輩。来いよ、あんたに話さなきゃならないことがあるんだ」
アサカゲさんに指を差された男子生徒――オオモモくんは、突然のできごとに驚く表情から一転、観念したように深く息を吐いてから、アサカゲさんの元へやって来た。
「ええと、君、一年の朝陰さんだよね? どうして僕のことを知ってるのかな?」
それがクラスメイトの居る手前についた嘘であることは、明らかだった。アサカゲさんもそれに気づいているらしく、この場でわざわざ用件を言及するような真似はせず、
「あとでまとめて話す。場所変えようぜ」
とだけ言って、俺のほうに目配せした。
当初の予定通り、
とはいえ、この学校においては本当に珍しく、本当にすぐそこ、という短距離の移動で済み、その間の沈黙も気にならないほどだった。
「最初に言っておく。オレはあんたを断罪しに来たんじゃねえよ」
そうして空き教室に入って、アサカゲさんは開口一番にそう宣言した。
「え? 違うの?」
アサカゲさんの言葉に、オオモモくんは拍子抜けしたような声を上げる。
「僕はてっきり、旧校舎の音楽室に居る結城先輩に会いに行くのは止めろって言われるものだと思ってたんだけど。断罪って、どういうこと? 視えない幽霊でも、会うのってそんなに危険なの?」
「なるほど、そこからか……」
独りごちるようにそう言って、アサカゲさんはオオモモくんへ、簡潔に事情を説明する。
旧校舎の音楽室に居るユウキさんのこと。
彼女が成仏せずに留まっているのは、オオモモくんの未練と執着が原因であること。
それにより悪霊化する可能性もある為、三日後に彼女を浄霊すること。
期日まで、音楽室に限り、オオモモくんにもユウキさんが視えるようになる霊術を施すから、一緒にピアノの練習ができること。
アサカゲさんは、それらを一切の感情を込めず、淡々と話した。
「そんな……先輩が、僕の所為で……?」
いくら断罪するつもりがないと前置きし、事実を並べ立てただけと言っても、オオモモくんにはあまりに荷が重い話であったことに変わりはない。彼からしたら奇跡のように感じていた時間が、己のエゴに大切な先輩を巻き込んでしまったが故のものに成り下がってしまったのだ。
「大桃先輩」
アサカゲさんは言う。
ユウキさんから、穏便に、と言われたことを気にしているのか、言葉を選びながら。
「結城先輩は、オレがあんたの執着を祓って成仏させるって提案を蹴って、あんたが『きらきら星』を弾けるようになるまで待ちたいって言ったんだ。それなら大桃先輩だって、覚悟を決めるべきなんじゃねえか?」
「そんなこと、言われたら――」
言いながら、オオモモくんは、無理矢理に笑って見せる。
「完璧に弾けるようになって、ちゃんと先輩にお別れを言いたいに、決まってるじゃないか」
自身を鼓舞させるようなその言葉は、流石、元運動部と言ったところだろうか。
俺がそんな風に、彼の切り替えの良さと精神力の強さに感心している隣で、アサカゲさんは平坦な口調で、じゃあ決まりだな、と言う。
「大桃先輩はこれまで通り、放課後に旧校舎の音楽室に行ってくれ。霊術の都合上、オレらは隣の準備室に居るけど、気にせず二人で練習をしてくりゃ良い」
「『オレら』?」
アサカゲさんの言葉に、オオモモくんは疑問符を浮かべた。
「ああ。オレの相棒で、ろむって名前の幽霊が居るんだよ。オレの管理下にあって害にはならないから、先輩が心配する必要はない」
それよりも、とアサカゲさんは教室の黒板上に設置されている時計を見つつ、話題を変える。朝のSHRまで、あと十分ほどだ。
他になにか話さなきゃいけないことはあっただろうか、と俺が思考を巡らす隙さえなく、アサカゲさんは真剣な面差しで、言う。
「大桃先輩の家って寺か神社だったりするか? 或いは、家の敷地内に祠があったりとか」
「……すごいな。本当に霊能力者なんだね。そういうのもわかるんだ」
オオモモくんは目を見開いて、零すようにそう言った。
「いや、あんたの纏ってる気配が妙で、そこまでしか特定できなかった。で、どっちなんだ?」
そういえば昨日、アサカゲさんは旧校舎に入っていくオオモモくんを見て、確かに言っていた。
――ただ、妙な気配を纏ってるのは、ちょっと気になる。
オオモモくんを呼び出してから今まで、いやに緊張していると思っていたが、もしかしたら、話をしながら、その妙な気配とやらの出処を探っていたのか。
果たして、オオモモくんは困惑気味に、
「どっちも、かな」
と言った。
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