不死身の王太子は偽悪となって国を出る
山本
第1話
俺はもう直ぐ死ぬ。末期癌だ。しかもステージ4。回復の見込みはゼロに等しい。
今の俺は、病院のベットの上で力無く眠っている。
少し前まであった、太い腕は枯れ木と同じぐらい細くなり、頬は痩せこけ、まるでゾンビのようだ。
いや、ゾンビよりかはマシか……腐らせるより燃やしてほしいしな。
自分の思考に苦笑する。
死の間際、不謹慎な考えが幾分か心を和らげる。
既に指一本動かなく、声すら出ない。
心電図の機械音が病室に木霊する空間で自分の人生を振り返る。
小、中、高までは上手くいっていたと思う。俺が踏み外したのは大学受験からだったな。折角、親から高い金払ってもらったのに志望校全部落ちるとはな。別に親の教育が悪い訳でも大学が悪い訳でもなく、ただ単に俺自身の努力不足が原因だ。
後悔先に立たず。とは、まさにこのことだ。あの時しっかり勉強してればこんな惨めな最期は無かったかも知れない。
現在の社会は学歴で決まる。それが悪い事とは思わない。学歴とは自分の努力を証明できる証だ。
だが、俺はこの惨めな最期を迎えるとしても考えは変わらない。俺は努力が嫌いだ。何か高尚な言い訳があるわけでは無い。ただ面倒臭い。それだけのことだ。
でも、それでも、やっぱり死ぬのは怖い。体から力が抜けていく感覚、落ちいく思考力、何も見えない真っ暗な世界。
あぁ……怖い…死にたく無い
段々と近づいてくる死の恐怖。
人としての理性ではなく、生物としての本能が怯えている。
あぁ……どうか来世は怠惰に過ごせますように…
遠のいていく意識の中、俺は生まれて初めて、いや死んで初めて神に出会った。
………………は?
先程まで何一つ写さなかった俺の瞳は、人間とは掛け離れた美貌を持つ女神のようは人物が写っていた。
暫定女神は朗らかに微笑みながら言った。
「おめでとうございます。貴方には選択肢が与えられました」
……待て、これはあれか?あのネットの海で溢れかえっているあれだろう?異世界転生だろう?
「はい、その通りです」
OK、なるほど。この女神は思考が読めるタイプの女神だ。態々、返答ありがとう。
「で、どうしますか?」
ふむ、世界観を教えて貰っても?
「わかりました。まず、貴方が転生する世界は『フィルドリア』。剣と魔法、そして《ステータス》や《スキル》、《称号》などが存在する世界です。因みに、時間の経過などは地球と全く同じです」
ふむふむ、チート能力は貰えるのか?
「……意外と図々しいですね。えぇ、三つまでですが。最強足りえる力を授けます」
暫定女神は呆れた顔をしながらも俺の言葉を肯定する。
ふむふむふむ、なら俺はそうだな。何にしようか。あぁ、そうだ本当に何でも良いんだな。
「?えぇ、そうですが…」
俺の質問の意図を理解出来ていない女神は首を傾げる。
そうか。なら問題はない。
ならば俺の望みの力は……
……一つ、あらゆる状態異常の無効化。二つ、最強の剣士の力。そして三つ、不老不死。以上の力を望む。
「……理由をお伺いしても?」
まぁ、別に良いが結構単純な理由だぞ。
「構いません」
そうか、まずは状態異常無効化。病気で死んだし。もう苦しいのは嫌だからだ。次に剣士はあれだ。魔法使いは詠唱やらイメージやらが大事だろ?そんなのは面倒だから嫌だ。
「……怠惰ですね」
伊達に勉強不足で人生詰ませてないからな。
「威張らないでください」
もう良いだろ。終わった事は気にすんな。
女神が「後悔してた癖に」と小声で言っていだが、無視して説明を続ける。
最後に不老不死は、これは死という恐怖から逃げる為だ。もうあんな恐怖はごめんだ。な、結構単純な理由だろ。
「……確かに単純な理由ですね。わかりました。貴方の願い全て叶えましょう。では、そろそろお別れです」
女神がそう言うと俺の体が光の粒子となって指先から消えていく。
「次の生では人間としてお幸せに」
完全に消える前に俺は微笑みながら女神に向かって言った。
「ありがとう」
男が消えると女神はその場に蹲り、顔を両手で覆う。
「最後の最後であの顔は反則でしょう……」
女神が男を転生させた理由、それは偶然に過ぎない。
世界の均衡を維持する為に、言い方は悪いが死んでも困らない者を、特に異世界への理解を持ち、尚且つ性格に問題のない人間に限定して、更にそこからルーレットを回しここにきたのが先程の男だ。
転生しても使命などは無い。世界を渡ったという事実があれば良かった。男もそれが分かっていたから、女神に質問をしなかった。
だから、別に女神が惚れた腫れたで転生させた訳ではない。
実際に女神は男の人生を観ても並の人より怠惰としか感じなかった。
だが、男に会い、間近で思考を読めば男の異常さに気付いた。
馬鹿ではない。しっかり考えた上で神である彼女を騙そうとしていた。女神である彼女も最初から男の思考を読んでいなければ、気付かぬうちに世界を乱す力を与えていただろう。
その男が消える間際、何の企みもなく自身に向けた純粋な微笑みに彼女はヤられた。所謂、ギャップ萌えだ。
「……折角だし、加護あげちゃお」
一柱の神がヲタク落ちた瞬間だった。
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