OPstory
Flower OPstory
私は、一人でいることが好きだ。
昼休みの教室を眺めていると、楽しそうに喋っている人たち、教室で鬼ごっこをしている人たち、一緒に弁当を食べている人たち……いろんな人たちがいる。
楽しそうだな、羨ましいな、私は時折そんなことを思っていた。
でも、私は一人が好きなんだ。
教室の隅で、一人で本を読んだり、勉強したりして、毎日の学校が終わっていく。
一日に一回は私に話しかけてくれる人達がいるが、その人たちも次の一瞬には別のグループの方に行ってしまう。
ああ、なんだか少し寂しいな。
でも、私は一人が好きだから別にいいんだ。
「アタシは水神咲良! 名前聞いてもいい?」
「えっと……」
彼女はニコッと笑いながら、私の目をじっと見た。
今日初めて会った人の目だけど、なんだか優しい感じがする。
「私は、白坂彩です。よろしくお願いします」
だけどきっと、水神咲良、彼女も同じだと思っていた。
「彩ちゃんだね! よろしく!」
そう思っていたはずなのに……。
彼女の笑顔を見た時、私、白坂彩の学校生活が始まったのだ。
〜〜〜
「あの、水神さんは」
彩は彼女に何か聞こうとしたが……。
「咲良でいいよ!」
咲良に柔らかくて元気な笑顔で返されてしまった。
こんないい笑顔が自分に向けられることがあるなんて。
彩は本当に現実を見ているのかどうか自分を疑った。
「じゃあ、咲良。……」
言葉に詰まってしまった彩の脳内では、小学生の時から続く、学校に対しての嫌な記憶が再生されている。
「どうしたの? 彩ちゃん」
突然言葉を詰まらせた彩を、咲良は心配そうに覗いた。
「あっ、いや、私、中学生になってから友達いなかったから、誰かを下の名前で呼ぶの久しぶりで……」
私は少し自嘲気味に笑いながら、下を向くと……。
「えっ……」
今なんて……?
「もう! 彩ちゃんすごく可愛い!」
ギュッっていう音が聞こえた気がした。
咲良は私にハグをしてきたからだ。
ホワッと彼女の匂いが鼻に入ってくる。
少し恥ずかしい気持ちになった時、誰もいない朝の時間でよかったと思う。
……咲良はなんて言ったんだろう?
「それで、どうしたの? 彩ちゃん」
そうだ、そういえば咲良に聞きたいことがあったんだ。
彩は入学してから一度も咲良の顔を見たこともないし、名前も聞いたことがない。
彼女は、こんなに元気なんだ。
彩でさえ、学年で目立つ人の顔か名前くらいは知っている。
だけど、咲良の名前は聞いたこともないし、顔も見たことがない。
「咲良は、今年からこの学校に来たの?」
すると咲良は、急にどんよりとした表情で下を向いてしまった。
はっ! しまった……。聞いちゃいけないことを聞いてしまったかな?
「実はね、私、三月まで入院してて学校に来れなかったんだ……」
あっ、なるほど。
それで、久しぶりに学校に来れて喜んでいるのか。
そうか、どうしよう。
彩は自分のことしか考えていなかったことを悔やんでいた。
「だからね、彩ちゃん!」
咲良は顔を彩の顔にぐっと近づかせた。
咲良は少し目を湿らせていた。
いや、実際には違うけど、少なくとも彩には彼女の目の奥がそんなふうに見えた。
「なっ、何?」
それに驚いて彩は少し仰け反った。
「私と友達になったからには、いっぱい青春をするんだからね!」
彼女は、咲良は笑っているのに……。
彩の胸の中はいっぱいだった。
「も、もちろん!」
彩はできるだけ決意を込めた表情を彼女に見せた。
「朝から騒がしいぞ! 私の勉強の邪魔をする気か!」
なっ、えっ、嘘でしょ?
なんでこの人が同じクラスなの?
横から聞こえた声の主がこのクラスに在籍していたことに、彩は全く気がつかなかった。
「あっ、おはよう! 私は水神咲良! 名前聞いてもいい?」
どうしよう。
咲良はさっきの雰囲気を崩さないままで彼女に話しかけている。
彩はこの人がなんとなく苦手だった。
「私は、船橋紅葉だ。私がこのクラスにいる以上、朝の時間帯にクラスで騒ぐことを許さない!」
紅葉がこぶしを握る。
なんだかとても熱い人で、いつも怒ってばかりいる。
しかしその真面目な姿が面白いのか、咲良はケラケラと笑いはじめた。
「なんだかすごい面白い人だね」
そんな二人の様子を眺めていた彩は、内心ドキドキだった。
「まずいよ、咲良。船橋さんを怒らせると怖いんだ」
彩は咲良に小声で忠告をした。
「そうなの?」
しかしながら彼女はキョトンとしている。
かわいい。
そして突然、彩は今までにないくらい強くて怖い視線を感じるようになった。
「聞こえているぞ、白坂彩」
「ヒッ……」
彩は小さく悲鳴をあげた。
顔には、恐怖が浮かんでいた。
「はぁ、そんなに怖がるなら最初から言わなければいいものを」
紅葉は彩を更に強く睨んだ。
「す、す、すみません」
紅葉は少し頭が冷えたのか、小さく息を吐いた。
「まあいい。貴様、今さっき友人ができたようだな」
この人、さっきまで睨んでいた人に何を陽気な感じで言っているのだろう。
「あ、あ、はい」
とりあえず、彩は頑張って返事をした。
「よかったじゃないか」
みのりがニコニコ笑っているのが、逆に不気味で仕方がない。
しかしながら、助けは突然やってくるものだった。
「ねえねえ、くれはちゃん!」
「く、くれはちゃん!?」
くれはちゃん!?
そんなふうに船橋さんを呼んだら、この人怒るどころでは済まないのでは……。
当の呼ばれた本人は、突然の出来事に肩を細かく揺らし始めている。
やばい、怒り始めた……のかな?
「くれはってどう書くの?」
「あ、ああ、そのまんま紅葉だ」
いや、違う気がする。
あれは初めておきた出来事に動揺しているみたいな感じだ。
船橋さんって、怖い人かと思っていたけど、なんだか可愛いな。
そして、咲良も同じことを思ったのだろう。
パーっと明るい笑顔になった。
「じゃあじゃあ、もみじちゃんって呼んでいい?」
「も、もみじちゃん!?」
紅葉の肩の揺れがさらに激しくなった。
心なしか少し顔が赤くなって、目が泳いでいるように見える。
「ねえ、もみじちゃんもアタシたちと友達になろうよ!」
「と、ともだち……」
その言葉が彼女にとって、トドメの一撃だったのだろう。
紅葉は漫画のワンシーンのように、白くなって固まってしまった。
恐るべし、水神咲良……。
「なんだか楽しそうな話をしてますねー」
彩は声がした方を向いた。
そこには可愛い感じの人が立っていた。
ま、また人がやってきた……。
しかもなんだかふわっとしていて、掴みどころがなさそう。
そんなことを考えていたら、私の方を向いてニコッと笑った。
「私はー、木崎恵梨です。えっとー」
「あっ、アタシは水神咲良。そこで固まっているのはもみじちゃん!」
咲良も少しペースが掴みづらいようだ。
「く・れ・は、だ!」
だけど、なんだか楽しそう。
紅葉は、少し怒っているふうに見えて満更でもなさそうだし。
「もう、そんなに怒らないでよ、もみじちゃん」
恵梨は、ニコニコ顔を崩すような動作は特にない。
「よろしくねー、さくらちゃんにもみじちゃん。ねえ、あなたは何ていうの?」
「あっ、私!?」
しまった、自分の世界に入りすぎちゃったな。
「そうだよー」
彩は気を取り直して、返事をした。
「白坂彩……です」
なんだかぎこちなくなってしまったのは、この人が苦手だからとかではない。
本当にあまり人と喋らないからだ。
「よろしくねー」
水神咲良、船橋紅葉、木崎恵梨……今日、朝の誰も来ない時間の数分で3人の人と話した。
私は、思ったんだ。
この人達、マイペース過ぎるよ。
でも、この人達と本当に仲良くなれたら、きっと楽しいだろうな。
今日の朝だけだと思っていたこの関係が、この先長く続くことになるなんて、私は思いもしなかった。
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