ひとりじゃない。

落田 さかな

第1話(完結)

休み時間。外でクラスメイトがやっているサッカーを眺めている。あの中に入りたいのかもしれない。だけれど、そんな僕なんかがやっていいスポーツじゃないし、部外者が入ってきたらきっとみんな嫌な顔をするはず。僕が、僕なんか。

 休み時間、クラスの女の子がノートを見して欲しいと頭のいい子にお願いしている。別に、その子じゃなくてもいい気がするし、僕でもいいんじゃないかなって思う。でも僕は頭が良くないから、黙って下を向いてクラスメイトの他愛のない会話を聞いている。

 日直の仕事している。本当は僕じゃないんだけど頼まれちゃったからしょうがない。午後から雨が降ってきて天気は最悪。僕もずっと心が曇ってる。日直の用事で職員室に寄った。担任の先生が、

「明日、転校生が来るんだけれど、もし良かったら学校の案内をしてくれないかな?」って僕に頼んできた。

 ここで引き受けないと、感じの悪い生徒って思われるかも。

「分かりました。学校の案内は僕がやります」

 と答えた。日直の用事も終わった。このまま家に帰りたいけど僕には寄らなきゃいけないところががある。僕は「カウンセリングルーム」と書かれた部屋に入った。

「失礼します」

「いらっしゃい。座っていいわよ」

 カウンセラーの人がそう答える。

「どう?最近の調子は」

「…特に変わりはないです。今日は時間に遅れてしまって申し訳ないです。日直の仕事があって」

「そうなのね。忙しいところ私こそ、ごめんなさい。でも日直は、」

「今日は僕の日じゃないです」

「そう…。何回も言うけど、碧生くんの件、あれは貴方のせいじゃないわ。だれも貴方を責めてないし、みんな貴方のせいじゃないって思ってる。勿論私もよ」

「そうですか。だと、いいです。では、失礼します」

 そう言って席を立つ。カウンセリングルームを出てそのまま下駄箱に向かう。校舎を出ると部活動の活気のある声が聞こえてくる。僕も部活何かやれば良かったかな。など思いつつ帰路に着く。


「ただいま。お母さん」

「おかえり、玲。学校とかどうだった?なんか、辛いこととかなかった?」

「特にないよ。いつも通り。じゃあ、部屋に行くから」

 そう言って階段を上る。僕の部屋は階段を登ってすぐ左の扉の向こうだ。ドアノブを捻り、部屋に入る。僕にとってはここがいちばん落ち着く場所だ。

「ねぇねぇ、今日クラスの子がサッカーをしてたんだけど、僕も混ざりたかったな。でも、僕なんかが混ざったら…」

 僕が話しかけているのは僕。鏡の中にいる僕、シアンだ。

『混ざっても良かったんじゃない?だれも玲のことを嫌ったりしないよ』

「そうかな…。それに、女の子がノートを見して欲しいって言ってたの。僕に向けてじゃないんだけど、他の頭がいい子でも良くない?って思っちゃって…」

「ご飯できたわよー、降りてきて」

「ご飯に呼ばれちゃった。行ってくる。またね、シアン」

『行ってらっしゃい』

 

 部屋の扉を開けると、何やら香ばしい匂いがしてくる。階段を降りてると、

「今日はカレーなの。カレー好きだったわよね?沢山食べてね」

 お母さんの作るカレーはとても美味しい。お店で出せるレベルで上手だ。たくさんのスパイスが効いていて1度食べたら他のカレーじゃ満足出来ない。ご飯とカレーを上手く混ぜ、スプーンで取り口に運ぶ。

「美味しいよ。とっても」

 ご飯を完食し、部屋に戻る。


 部屋にこもり、シアンと話をする。僕の毎日のルーティーンだ。

「それでさ、明日転校生の子が来るみたいなんだ。校舎案内をして欲しいって頼まれちゃって、ちゃんとできるかな。不安でしょうがない。変な人って思われないようにしないと」

『そんな心配しなくても大丈夫だよー、玲はきちんとしてるし』

 こうやって話しかけていると自然と心が軽くなる。だけど、やっぱり怖いな。学校の課題をやりながら思う。

『もう、時間も遅いし、早く寝たらどう?』

 と、シアンに言われ生活に必要最低限のことをし、布団に入る。天井を見つめても寝れない。明日が不安でしょうがない。失敗しちゃったらどうしよう。そんなことを考えながら眠りについた。


 朝目が覚める。あまり、寝れなかった。光なんて入ってこない部屋は朝なのか夜なのか分からない。時計は午前5時半を指している。いつもより早く起きてしまった。今日は早く準備して早く学校に行ってみよう。

『おはよう玲』

「おはようシアン」

『今日は早く学校に行くんだね』

「転校生の子が来るし、不安だから念の為」

『そうなんだ。行ってらっしゃい』


「行ってきます」

 とだけ告げて玄関を出る。いつも楽しかった景色、いつからかとても退屈な道になっていた。

 学校に着き、階段を上る。朝焼けに染まる廊下は何やら幻想的に見えた。教室の扉を開ける。と、1人見慣れない生徒がいた。

「あっ!やばっ」

 とだけ言い、走って彼女は廊下に出ていってしまった。新しく転校してきた子?などと思いつつ、クラスメイトが登校してくるのを待つ。窓際の席は登校中の生徒を見れるので退屈はしなかった。

 担任が入ってきて、

「おはようございます。HRの前に、今日は新しくみんなの仲間になる子がいるので紹介します。入ってきていいよー」

「失礼します!おはようございます。今日からみんなとお勉強とか色々させてもらうことになりました。城井千夏です。どうぞよろしくお願いします!気軽に名前で呼んでくれると嬉しいです」

 朝見た子だった。やっぱり転校生だったのか。

「じゃあ、学校とかの案内だけど、宮坂。やってくれるか?」

 突然名前を呼ばれて驚いた。

「あ、はい。やります」

 みんなの前で言われるとは思わなかった。これは断れない、昨日やりますって言っちゃったし。

「じゃあ、昼休みによろしくな。次の授業体育だから準備しろよ。解散ー!」

 転校生の千夏さんが来て一番最初の授業はサッカーだった。彼女は運動神経が良いらしく、大活躍をしてる。それを僕は遠目で見てる。僕が誰かにパスをしても取ってくれる人なんていないだろう。周りの視線が僕に集まるのが怖い。そんなことを考えながら、体育の授業を見学するしか無かった。

 座学の授業になった。数学の授業は僕がいちばん得意な授業だ。勉強は苦手だけど数学だけはできる。先生が黒板に書くのを板書しつつ、問題を解く。ここはこの公式を使って解いて…。ふと、気になって千夏さんの方を見ると意外と手こずっている見たいだった。勉強はあまり得意じゃないのかな。

 休み時間になって、クラスに騒がしさが戻ってきたところに、

「ねぇねぇ」

 と、話しかけられた。

「実は今日の数学の授業よくわかんなくてさ、もし良かったらノートみしてもらったり出来ない…?」

「いいけど。どうして僕なんですか」

 そう言い、ノートを渡すと

「えー、最初先生に聞こうとしたんだけど、宮坂くんが数学得意だから聞いてみてって言われてね。…ふむふむ。なるほど!こうやって解けば良かったのか!!」

 周りを見ると、僕のことをジロジロ見てる。やっぱり僕は人と関わっちゃ行けない人なんだ。

「もう、いいですか…。次の授業の準備があるので、」

 そう言ってノートを取り返すと、足早に教室から去る。周りの視線に耐えられなかった。心臓がバクバクしてて止まらない。廊下に出て、階段の踊り場の壁に貼ってある鏡の前に立つ。

「シアン…。僕、無理だ。頑張ってるけど、人の視線がやっぱり怖いよ」

 鏡を見てもシアンは笑ってるだけだった。

 「さっきはごめんね…。気に触ったかな?」

 振り向くと階段に千夏さんがいた。

『こちらこそごめんね。早く教室に戻ろう?』


 最近は梅雨時なのか、雨が多い。雨が多いと気分も落ち込むから。体に良くない。そう思いながら、家に帰る。

「おかえりなさい。学校はどうだった」

 いつも通りお母さんがいる。

「特に何も無かったよ」

 そう答え。部屋に行く。

『学校お疲れ様。今日は何かあった?』

「うん。あったけど疲れててあまり覚えてなくて」

『新しく来た転校生の子いい子じゃん。良かったね。』

 あれ、シアンって転校生のこと会ってないのになんで分かるんだろう。

「うん…。いい子だったよ。僕なんかにノートを見してって言ってくれたんだ。いい子にきまってる。でも優しくされるのも、辛いな」

『優しさは受け取っておくべきだよ』

「優しさは、受け取っておくべき…かな」

『うん。』

「明日も、頑張って学校行ってみるよ」


 授業が終わった。みんな帰る準備をしている。

「ねぇ今日、宮坂くん日直なんだってよね…もし良かったら手伝おうか?」

 と、千夏さんに言われた。シアンが言ってたように少しは優しさを受け取ってみようと思う。でも本当にいいのかな?お友達と帰りたいんじゃないのかな?僕なんかと一緒に。

「えっと、その。嬉しいんだけど。お友達と帰らなくていいの?」

聞いてしまった。

「そんなの気にしなくていいよ!一人でやるよりも二人でやった方が早く終わるでしょ!!早く終わらせちゃおうよ」


「終わったねー!じゃあ、帰ろ。また明日。…ねぇ、玲くん?なにか、不安なこととかあったらいつでも相談に乗るよ。いつでも言ってね」

 千夏さんは結局最後まで手伝ってくれた。とても優しくて暖かくなる人だったな。これを、シアンに伝えたい。足早に帰路に着いた。


「ただいまー、」

 お母さんがいなかった。買い物にでも行ってるのかな。

 階段を登って部屋を扉を開ける。シアンにいいことがあったって伝えたい。早く。

「ねね、シアン。少しいいことがあったんだけど…」

 そう鏡に告げても答えは帰ってこない。

「あれ?シアン。シアン!なんで、なんでいないの…?伝えたいのに…。僕にはシアンしか居ないのに…」

 何度聞いても答えは帰ってこない。気づいたら疲労感がどっと押し寄せてきて。その場で眠ってしまった。


 時計の針の刻む音だけが聞こえてくる。時計は6時30分を指している。カーテンで締め切られた部屋は、夕日が指すこともない。

 ー日記(宮坂 玲)ー

【8月14日今日は、僕の大好きな親友の碧生の誕生日!誕生日プレゼントをあげたよ。碧生はサッカー部に入っているから、ハンドタオルをプレゼントした。部活頑張って欲しいな。】

 

【10月31日待ちに待ったハロウィン!!!僕と碧生は仮装をしたよ。僕はお化けで碧生はゾンビ。めっちゃ気合いが入ってて面白かった。また、来年もやりたいね。って受験でそんな場合じゃないか(笑)】

 

【1月2日碧生と初詣に行った!今年は受験生になるから、一緒の高校に合格しますようにってお願いしちゃった!あれ?お願いって言ったら叶わないんだっけ…?やばい!もう書いちゃったよ^^;】


【2月20日碧生がサッカーの試合でゴールを決めた!!碧生は僕のくれたタオルを持っていったからって言ってくれた。僕がゴール決めたわけじゃないのに、なんだかとても嬉しい。】


【2月26日僕の誕生日。碧生が交通事故にあった。】


【3月1日やっと日記が書けるようになった。碧生は一命は取り留めたけど病院にいる。意識不明でいつ目覚めるかは分からないみたい。これからどうしていけばいいんだろう。】

 日記を閉じる。


 部屋の扉を開けて階段を降りる。何やら物音がする。誰か帰ってきたみたいだ。

「玲。帰ってたのね、学校お疲れ様。買い物遅くなっちゃって少しご飯が遅れるかもしれないんだけどごめんね」

『うん。大丈夫だよ。ぼく外に行ってくるね。どうしても行かなきゃ行けない場所があるんだ。』

「そう、なの?気をつけて行ってきてね」


『おはよう。玲。起きて、』

 

 、、声がする。懐かしくて、ずっと聞きたかった声。

「…碧生?ど、どうして碧生が僕の部屋にいるの??」

『ぼくは、ずっと玲のそばに居たんだよ。ぼく、千夏さんとお話したんだ。君の体を借りて少しだけ人と話すことが出来たの。千夏さんに玲のことを気にかけてあげて欲しいって伝えたんだ』

「どうして、そんなこと…って、シアンは…」

『シアンはぼくだよ。ずっと近くに居たって言うのはそういう意味。僕が意識不明になっていちばん心配だったのが玲だったんだ。小さい頃から仲良くて僕がいないとだめだって思ってたから。不安で。でも、ぼくはシアンとして、君に干渉することが出来たからずっとそばにいたの。』

「なんで、すぐ言ってくれなかったの…。言ってくれたら良かったのに…。」

『だって、言ったらなんかだめな気がしてきちゃってさ。ぼくが消えちゃう気がしたんだよね…。』

「え、そんな、、」

『それより!ちょっと机の上見れくれない??』

 机の上を見ると花束が置いてあった。

『遅れちゃってごめんね。お誕生日おめでとう』

「っ…」

 涙が止まらなかった。

『ずっと、伝えたくてさ。玲の誕生日の日にね、花を買いに行こうと思って花屋さんに行ったの。雨の降ってた日だったから、そのまま視界不良ではねられちゃって、さ。玲の、周りの人の視線が怖いってのは多分ぼくのせいだよね…。玲の誕生日だったから…。本当にごめんね』


 碧生が謝ることないのに…。伝えたいことがあるのに。涙が止まらなくて、声に出せない。

「、、碧生は消えちゃうの?」

『…わかんないんだ。自分でも生きているのかどうか分からなくて。でも、伝えたいことは全部言えたから。もう満足かな』

「待って!まだっ、話し足りない、待ってよ!」

『じゃぁ、またね。元気に生きろよ!』

 涙でまともに見れないけど、最後に見た碧生は青空みたいな笑顔だった。


 伝えたいことが山ほどあったのに。言いたいことだけ言って消えて、涙が止まらなくて。ずっと布団に顔を埋めていた。


「玲っ!!!」

 急に部屋の扉が勢いよく開いた。

「お母さん…」

「いまっ、病院から電話があって、碧生くんが…」

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ひとりじゃない。 落田 さかな @nasumizu

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