幸せの始まり

猫又大統領

事件

「お父さん、はい新聞。コーヒーは熱いのでいいよね? 沸かすから待ってね」と娘がいう。「ああ。すまないな」私は礼をいった。まるで毎日いたようにキッチンにいる娘。

 一年ぶりに家を離れた娘が戻ってきた。娘の夫は子供達と朝から虫取り。妻も何故か張り切ってついていった。虫嫌いにもかかわらず。

 娘との二人の時間。だが、これといって会話はない。大半の家がこんなものではないだろうか。

 私はテーブルに置かれた新聞を手に取る。芸能人の結婚が大々的に紙面を飾っていた。数ページめくると、目が釘付けになった。

 【昨日午後●●市の池で人骨発見 市の職員から人骨らしきものがあるとの通報を受け】

 見つかった詳しい場所は旧●●●村の池。その村で私は生まれた。もちろん、池のことも知っている。

 発見された骨は、かなりの年数が経過しているらしい。

 あの日のものだろうか。私の幼い日。

 残酷な少女に出会った日の記憶が、私の脳裏に浮かぶ。

 ***

 私の村の池では、立て続けに犬猫の死骸が見つかっていた。村の大人は子供が池には近づかないように、注意をしていた。

 そんなある夕暮れ、私を一人で育てる母と些細なことで、喧嘩をした。母の苦労など知らない私は、未熟な勢いに任せて、家を飛び出した。

 私は走った。人が居ない所。人が来ない所。そんな場所はひとつしかない。そう、あの池に自然と足が向いた。

 池は不気味にそこにあった。

 風に揺らぐ水面を眺めていると後ろから男の声がした。「どうした。こんな遅く、家にかえらねえのか?」

 帽子を被り髭を生やした男。村の者ではない。知らない顔だった。

 その男の右手には紐が握られていた。

「そろそろ犬猫には飽きてきたんだ」そういって不気味に笑う。

 私は一歩、二歩と後ろに下がる。踵が少し滑った。後ろを振り返ると、水面が光る。もう、下がれない。

 「見つけた!」周りに生えた、丈の長い草の中から聞こえた。

 その瞬間、草むらから少女飛び出してきた。

 そして、男の胴体にぶつかる。

 男はうめき声をあげていた。そして、男は仰向けに倒れ、少女が馬乗りになった。

 僕が駆け寄ると男は血を吐き続ける。男の心臓の辺りには短刀刺さっていた。

 「私の飼い猫を殺したから……我慢できなくてさ」そういう彼女の目には涙が溜る。

 その時、蝶がパタパタと彼女に近づく。

 悲鳴をあげながら彼女は私に抱きついてきた。

 「虫……嫌いなの」僕の顔にほっぺをくっつけて彼女は呟いた。

 僕は涙を流す彼女と一緒に男を水面の底へ置いた。

 ***

「帰ったわ。ああ。虫怖かった」玄関から妻の声がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せの始まり 猫又大統領 @arigatou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ