実は両利きだった俺が、卑怯な先輩を粛清する話。

こばなし

第1話

 これは俺が高校生の頃の話。

 中学から部活でやっていた軟式テニスで成績を出したかった俺は、とある強豪校に入学した。


「リキヤ先輩、今日からよろしくお願いします」


 入学当初からさっそく部活に参加し、先輩とあいさつを交わす。


 リキヤ先輩は俺の二つ上の先輩。彼も俺と同じく軟式テニス部に所属している。

 俺の父と彼の父親は同じ会社に通っており、俺の父が先輩の部下にあたる。

 そういった関係性もあり、すでに顔見知りの仲であった。


「おお、タカシ。よく来たな。今日からよろしく頼む」


 先輩はそう言うとにこやかな笑顔で俺に握手を求めた。

 俺はそれに応じつつも、リキヤ先輩に向けられる周囲の部員からの視線に冷ややかなものを覚えた。


 入部初日から、新入部員、2、3年生関係なく猛練習が始まった。

 そのきっかけは俺と同じく今年からこの学校に入り、軟式テニス部の顧問になった先生の言葉だった。


「インターハイ予選に参加できるのは8ペアだ。その8ペアは全ペアによる校内予選で決めることにする」


 これまでは最後の試合となる可能性が高い三年生が優遇されていたらしいが、新しい顧問の先生は実力主義。

 いくら上級生だからといっても実力の見合わない生徒を出場させる気はないらしい。

 とはいえ、俺はそれも部を全体的に強くするための施策だととらえ、たとえライバルになる相手だろうとも助言やサポートを行いつつ練習に取り組んだ。

 それは3年生のリキヤ先輩とて例外ではなかった。


「リキヤ先輩、スイングに力みが入っているように見えます」


「もっと身体全体を使って打った方が良いかもしれません」


「なるべくコートを広く見て打ち分けた方がいいですよ」


 俺は良かれと思ってそんなふうに助言を繰り返した。

 そのたびに周囲からちょっとした笑い声が聞こえてきたり、リキヤ先輩を憐れむような視線を感じたりしたのは、今思えば気のせいではなかったのかもしれない。


「あ、ああ。分かった。ちょっと意識してみるよ」


 先輩は俺がアドバイスをするたびに、顔を引きつらせながらもそう言った。


 そんな日々を送りつつ部のみんなと打ち解けてきたころ、事件は起こった。


「タカシ、部活が終わった後ちょっといいか?」


 俺はリキヤ先輩に呼び出され、練習が終わった後に人気のないところに呼び出された。

 遅くまで練習があった後なので、もうすっかり日も暮れて暗くなっている。


「先輩、何か御用ですか?」


 俺が呼び出されたところへと向かうと、そこにはリキヤ先輩と、リキヤ先輩といつも一緒の先輩たち数名が待ち構えていた。

 テニス部であるにもかかわらず、その手にはラケットではなくバットが握られている。


「え、どうして皆さんバットなんか持っているんですか?」


 俺が疑問をそのまま口にすると間もなく、俺は背後から背中を殴られた。

 勢いそのままに前方に倒れ込む。

 続いて背中に誰かがのしかかったのか、一人分の重量を感じた。


「リキヤ先輩!? ちょっと、なにを――」


「おまえさあ、ちょっと上手いからって調子に乗り過ぎじゃねえか?」


 リキヤ先輩はいつもと違う、低い声で俺を脅すように語った。


「いつもいつも、みんなの前で俺をバカにしやがって……」


 先輩のその一言で、俺は察した。

 恐らく練習中のアドバイスのことだろう。俺としては良かれと思ってやっていたことだったのだが、先輩としてはプライドを傷つけられたように感じてしまったらしい。


「リキヤ先輩、すみません。俺、バカにしたつもりはなくって」


「うるせえ! どうせ中学の時に全国大会に行ったからって図に乗っているんだろう?」


 先輩は聞く耳も持たず怒鳴りつけてくる。


「いいか、高校ではテニスが上手いだけじゃ勝てないんだぜ? たとえばこういうことだってあるんだ――」


 リキヤ先輩は、手にしていたバットを振りかざすと、俺の右腕めがけて振り下ろした。

 それも、一度と言わず何度も何度も。


「ああっ、やめてください! A先輩、B先輩——……」


 必死に訴えるも、先輩たちの暴行は止まる気配がない。

 俺は右腕を中心にケガを負い、ズタボロになった。


「今後はせいぜい身分をわきまえるこったな」


「一生懸命頑張ってたのに、これじゃ校内予選すら出れそうにないねw」


「じゃあな新入生」


 先輩たちはしばらく俺を殴ると、気が済んだとばかりに立ち去って行った。


「おい、タカシ。今日のことは絶対に先生にも親にも言うなよ? チクったら俺の父ちゃんがお前の父ちゃんを辞めさせるからな」


 リキヤ先輩は口封じとしてそんな脅しをかけてから、歩き去って行った。

 俺は倒れたままで右腕の状態を確かめる。

 あまりにもひどく殴りつけられたからか、感覚が鈍くなり痛みすらあまり感じない。

 まともに動かせず、これでは校内戦までの回復は見込めそうにない。


(右腕は使い物にならないな)


 俺は今後の身の振り方を考えつつ立ち上がり、帰路についた。

 帰宅すると、


「お帰り。お前、その腕はどうしたんだ?」


「ただいま。ちょっと転んだだけさ」


 俺を見た父は驚いていたが、心配をかける必要性を感じなかったので適当にごまかすことにした。



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