第4話 ありがとうじゃねーんですよ。

「ありがとう、あなたのおかげで、わが愛し子の魂は持ち直しました――」

「おい女神、どういうことだよ、あれ!?」


 目の前に女神が現れたので詰問開始。ちょっとは現状説明して貰わないと困るぞこれ!

 元通りの自分の声が出たことで、思わず自分の体を見下ろした。ちゃんと大きい。胸もないし、――よし、ちゃんとある。思わず股間を確認していた。触った感触はぼんやりしているから多分これは現実じゃないんだろうけど、ついてるからよし。


「……はい?」

「ひどいぞあの子! 死にかけだぞ!? っていうか、なんでオレがあの子の中に居るんだよ! 魂分けろって言われたけど、こんなの聞いて――」

「契約はすでに成っています。魂を分けたから、あなたはわが愛し子の内に在るのです。あなたは、あなたの魂から分かたれた分け身なのですから」

「わけみ……分け身? ってことは、ちょっと待て、……ひょっとして、オレ、ちゃんと願いを叶えて貰ってたりする……?」

「勿論ですとも。女神は嘘はつきません」


 なぜか誇らしげな女神がムカつく。いや待て。ちょっと待て。余計にひどい話じゃないか?


「……ってことはなにか、願い叶えて貰ってウハウハなオレと、貧乏くじ引いて貧乳女子の中に入れられたオレとが居るって事?」

「認識に微妙な修正を求めたいところですが、概ねその認識で間違いありません」


 あまりのひどさに呆然としていると、女神が慈愛深く微笑んだ。ムカつく。


「そう気落ちする必要はありません。あなたは所詮分け身。次第にあなたの記憶も感情も薄れ、わが愛し子の内に消えゆく定めなのですから」

「……消える? オレが?」

「その証拠に、あなたの中からは次第に記憶がなくなっていっているはずです。縁の薄い人の記憶から消えていって……、そうですねぇ……明日の朝には、みんな消えてしまっていますよ。長い時間ではありませんし、さほど案じることはありません」


 縁の薄い……昔の友人とか……? ……そうだ、記憶、…………覚えてない。小学校の頃、中学の頃――ダメだ、誰も彼も、顔がぼやけて思い出せない! マジかよ! ……マジで、オレは、…………消えちまうのか……?


「元々余りにも薄れてしまった魂の力を補填するために、波長の合うあなたの魂を求めたのです。当然でしょう?」

「……とうぜん……? 消えるのが?」

「愛し子には不要なものですからね。あなたの人格も、記憶も」

「待てよ。じゃあ、あの子は? あの子の人格や記憶はどうなってるんだ? 今の時点で何にも感じられないぞ! 魂の力が薄れたっての、あの子の生活があんまりにもひどすぎるからじゃないのか? 碌なもん食わせてもらえてないし、暴力振るわれて、寒い部屋に閉じ込められて――」

「雨風のしのげる家屋に、身を包む布、保護する大人、飢えない食事……全部揃っていますよ。愛し子が不自由ないように、私は始めに、人間達に申し伝えましたもの。愛し子からも不満の声など聞いたことはありません」

「いや、でも」

「不満があるなら、自ら声を上げるでしょう。でなければ、不満はないということでは?」

「じゃあ、じゃあさ、この子の名前、なんて言うんだ? 他のヤツら、この子のこと、『愛し子』としか呼ばないから」

「さあ?」

「……さあ? さあ、って、あんたも、知らないのか?」

「愛し子は愛し子です。愛し子は世に1人きり。愛し子が亡くなれば次の愛し子が生まれますが、一度に存在する愛し子は1人です。呼び名など必要ありますか?」

「……親は? この子の親は、この子になんて名付けたんだ?」

「さあ、知りませんねぇ……生まれてすぐに教会のものに回収させましたから」


 名前ないのか。名前さえ付けて貰えていないのか。回収って、無理矢理親と引き離したのか? それとも――

 気がつけば、手のひらを握りしめていた。胸の前で、祈るように重ね合わせて、右と左の手を合わせて、強く強く。自分で自分の存在を抱きしめるように。


「どうぞ、気を楽に。わが愛し子は生きていてくれさえすれば良いのです。わが愛を地上に届ける指標として、愛し子はとても大切なものなのですから」

「……生きてさえいれば、あとはどうでも良いのか……?」

「生きていることこそが大切なことで、他のことなど、二の次ではありませんか。命とは、そういうものでしょう?」


 まして、食べることも着ることも住まうことにも、心を配っているのですよ。

 そう微笑む女神は慈愛に満ち、優しそうで、この世の善をまとめて丸めて練り固めたような美しさだった。


 吐き気がした。

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