王子とアリア 413話

【アリア】


 明日は入学式。

 寮内では先輩たちが新入生に向かっていろいろとアドバイスをしている。

 私には関係ないけどね。

 ドレスを見せ合ったり、アクセサリーを自慢したり……。


 バカみたい。


 聖女の寮に入っていたら聖女が着る制服が支給されるらしいけど、この寮にいる私には来なかった。


 いいよね。学園の制服で出ても。

 どうせパーティーに出る気もないし。

 図書館が開いていたらいいんだけど。


 寮に来てから五日。周りの子が何を考えているのか分からない。貴族の女の子ってこの程度? 本も読んだことがない子だらけって! 先輩たちが勧めている本を読めないの? そう思っていたら先輩も「私も一年生の後期になるまで教科書読むのもたいへんだったからね」とか言っているし。


 文字なんて、音に合わせて作られているんだから、80程文字の組み合わせ覚えればいいだけなのに。13歳まで何やっていたの?


 私はホールに居づらくなったので、部屋に戻って教科書を読み始めた。

 母さんと読んでいた頃と何も変わっていないのね。こんな程度の学習なんか7歳の頃に終わっている。小さなため息を吐いた。何しているんだろう私。学園に行けばもっと何か新しい本に出合えるのかな。


 明日は、まだ袖を通してない下ろし立ての制服を着ていこう。せっかくの入学式だからね。


◇◇◇


【アルフレッド王子】


 結局レイシアからは手伝いを拒否された。生徒会に入って貰えたらどれだけ嬉しかったか……。まあ、でも、あの料理を食べさせて貰えたからそれはそれで嬉しいけどさ。今年は姉が最高学年になるから、生徒会長を俺に譲るとか言っている。


「私がいるうちに引継ぎした方がいいのよ。来年になったら優秀な私の側近たちも卒業するんだからね。あなたが今年側近を育てられなかったら、困るのは私でなくてあなたなのよ。分かっているの、アルフレッド。私が手伝えるのは一年だけなんだからね」


 そう言われてしまっては辞退することができなかった。せめてレイシアを生徒会に入れられたら……。無理なのは分かっているけどさ。


「アルフレッド王子、なんで制服を着ているんですか!」


 あ~うるさいな。チャーリー、お前が側近としてちゃんと仕事ができるんだったら俺もちゃんとした服を着ているよ。


「生徒会長としての初めての挨拶をするんだ。学生らしくていいだろう」

「王族らしくして下さい!」


「学園長の許可は取ったぞ。問題ない」

「問題だらけです! 正装でお願いします」


「王族としてならチェニックでもタキシードでも燕尾服でも着こなそう。だが、俺は生徒会の代表として演台に立つんだ。学園の生徒なら生徒服でいいだろう。二年前も制服で挨拶したぞ。前例はある。大丈夫だ」


「駄目です! あの時は大騒ぎになったではないですか!」


「あれは相手がレイシアだったからだ!」

「あの子爵令嬢ですか? 奨学生でしょう? 相手にしてはいけないですよ、王子」


「お前よりはるかに成績は良いが」


「貴族としては全くなっていません。戯れもたいがいにして下さい。いいですか、着替え用意させますのでそれまでお待ちください」


 チャーリーが出ていった。まあ、貴族としてはその通りだ。ヤツも成長しているところもあるな。雑務も鍛えさせれば何とかなるか。下の者を育てるには、俺が完璧すぎてもいけないんだよ。こうやって困らせるのもヤツらの成長につながっていくんだ。自覚を持たせるためには道化になる必要もあるんだよってシャルドネ先生にも言われたしな。


 せっかくだから抜け出して散歩でもしようか。制服だったら王子と思われないよな。もしかしたらレイシアに会えるかもしれないし。


 俺は黙って部屋を抜け出し、青空の下を人気のない馬小屋の方に向かった。



 和の国から来た桜という木はこの時期だけ派手に目立つ。はらはらと散りながら辺り一面をピンクに染める。髪やドレスにつかないように今の時期はみんなこの場所に近づかない。学園が始まるこの時期、人気のない道を選ぶならここを通るのが一番楽だ。


 綺麗だと思うんだけどな。俺の好きなものは他人が好きとは限らないんだよな。


 誰もいない道で散っていく花びらを見ながら、これが普通はゴミに見えるのだろうなと思うとどこか空しさが込み上がってきた。


「まあ、一人になるならちょうどいいか」


 ふいに口から出た言葉で、俺自身疲れていることに気付かされた。確かベンチがあったはず。桜に近づいてベンチをみると、そこに制服を着た女生徒がいた。


「君は?」


 思わず声をかけると、その子はハンカチをベンチに敷いて、汚れないように読みかけの本をその上にのせた。それからゆっくりと立ち上がると、つまらなそうな顔で俺を見ながらスカートを両手で軽く摘まみ上げ「新入生のアリア・グレイ。男爵令嬢です」と答えた。


「新入生? なぜ制服を着ている?」

「おかしいですか? あなたも制服ですよね。案内には『制服かそれに準じたもの』と書いてありました」


 確かにそう書いてはあるが、あれは貴族的な建前の言葉だろう。直後にパーティーが行われるような儀式、特に入学式と卒業式は親同士の見栄と立場固めのために着飾らせるのが男爵と言えど貴族のやり方というものではないのか?


「入学式は着飾るものだろう? まして女子生徒なら」

「着飾るお金があるのでしたら、私は本を貰います。どんなに豪華なドレスでも日常着ることができなければ必要ないのです。成長すれば着ることができなくなりますし。すぐに意味のなくなるドレスに比べたら、知識は一生の宝ですよね」


 凛とした表情で答えている女生徒。


「先輩も制服なのに、なぜそんなつまらないことを気になさるのですか? 私は学びに来たのです。学問を学ぶだけなら制服で十分ですよね」


「そうか? それにこれから入学式だろ。こんな花まみれになっていいのか? なぜわざわざこんな所にいるんだ?」


「ここは静かだからですよ。それにここ、この名も知らぬ樹と降りしきる花びら。夢のような美しさがありますよね。独り占め出来ていたのですがお譲りしますよ。私もそろそろ準備をしなくては。花まみれでは悪目立ちしそうですし」


「制服で出席するだけでも悪目立ちするぞ」


「そうなのですか? それなら仕方ないですね。それに、もう悪目立ちしているようですし」


 風上で、何人ものきらびやかなドレスを着こんだ女生徒たちがこちらを見ていた。この距離なら会話も聞かれているかもしれないな。


「では名も知らぬ先輩、私はこれで失礼します。なにやら女性の嫉妬を感じますので。まあ、もう会うこともないでしょうが」


 そう言うと、彼女は去って行ってしまった。アリア・グレイ。確かそんな名前だったな。なぜだろう。なにか既視感きしかんが。懐かしい感じに胸が高鳴る。


 舞い落ちる桜の花びらを美しいと彼女は言った。制服に、髪に花びらがつくこともいとわず、夢のように美しいと。


 同じ感性の子がいた。それだけでこんなに気持ちが落ち着くのか。


 気のせいか空の青も桜のピンクも、さっきより鮮やかに見えた。


◇◇◇


【アリア】


 やっばー。誰も来ないと思って花びら降りしきるベンチで本を読んでいただけなのに。だって、私の居場所なんてないじゃない。みんなお綺麗なドレス姿で家族仲良く挨拶しているのよ。どう見ても場違い! 聖女の団体に混ざろうとしても寮が違うから。あっちは下町の平民同士固まっていて私が声をかけても固まってしまっていたし、私が聖女の服を渡されていないものだから、聖女コースの所には混ざることもできないし。


 やっと見つけた居場所なのに!


 まあ、相手は上級生のようだけどきっと法衣貴族ね。向こうは上級生だろうけど、貴族としての立場的には私の方が上。いつもは嫌な貴族の立場なんだけど、今回ばかりは立場が上で良かったよ。入学早々トラブルは嫌だしね。


 せっかく孤児院から出れて、あの家で猫かぶりながら知識を蓄えてきたんだ。どこかに就職するか店でも開ければ生きていけるし、ヒラタに戻ってもいいの。親分元気かな。親分に話を通せば肉屋くらい出せるよね。


 とにかく、仲間外れならそれでもいいのよ。卒業だけが目標なんだから。卒業できれば貴族との縁も切れるんだ。それまでは大人しく猫をかぶり続けましょう!


 よそ行きの受け答え、ちゃんと出来ていたわよね。大丈夫、失礼はなかったはずよ。存在感を消しながら生きていくのよ。分かってるわよね私!



 入学式、長い挨拶にあくびをこらえていたら生徒会長が制服で現れた。あれ、さっきの先輩だよね。生徒会長だったの? えっ王子? 王子なの! なんで王子様が制服なんか着ているのよ!


 ……まあ、考えようによってはあれよね。立場が違い過ぎるから二度と合わなくて済むよね。うん、そうだよ。貴族とは言え最低の男爵で良かった。このまま大人しくしていれば出会うことのない雲の上の存在よ。


「……ということで、生徒会ではこれからは爵位の上下なく能力のあるものを重用していくつもりだ。先ほど一人の新入生と話をしたが、その者はこう言っていた。着飾るお金があるのなら、自分は本を買うと。どんなに豪華な衣装でも成長すれば着ることができなくなる。それにくらべて知識は一生の宝だ。着飾るより私は学びたい。そう言っていた。俺はそういうやる気のある生徒にチャンスを与えたいと思う。そう、そこで一人制服で入学式を迎えている新入生、お前だ。口だけじゃないだろうな。クラス分けテストの結果を楽しみにしている。いいか、有能なものは法衣貴族だろうと新入生だろうと生徒会に入れてやる。男子でも女子でも構わない。俺の手足となって学園に、いや、王国に尽くせるものを生徒会は望んでいる。我々は諸君の成長を期待している。生徒会からは以上だ。入学おめでとう。頑張ってくれたまえ」


 …………なにこれ? 私に視線が集まってるよ。なんでこうなったの? 怒らせた? 嫌がらせか? 関わりたくない、関わりたくない、関わりたくないよ~!


◇◇◇


【アルフレッド王子】


「なに原稿にないこと話しているんですか!」

「これからの生徒会の方針だ」


 チャーリー、小言が多くなったな。


「貴族の階級は絶対です。王族であるあなたが階級をないがしろにしていいと思っているんですか王子」

「別に貴族制度を否定しているわけじゃない。生徒会は学園内の単なる行政システムだ。無能なものより能力が高いものが行った方が効率いいだろう?」

「権威というのはそういうものではないのです」


 俺はわざとらしくため息をついた。


「そう思うなら権威を主張できるだけの仕事をしてくれ。お前たちが有能にならなければ俺まで馬鹿に見えるだろう。お互い得意分野を伸ばしてくれればいいんだ。完璧など求めてはないさ。目の前の仕事を分担してこなせる程度はしてくれ。姉がいなくなった来年、俺一人で生徒会を回すのは無理だ。お前たちを信用して任せたいんだ。なあ、チャーリー、お前なら分かるだろう? これはな、今の生徒会のメンバーにやる気を出してもらうための気付け薬のようなものなんだよ。意識を変えるためにはこのくらいやらないと無理なんだよ」


 チャーリーを落としたり持ち上げたりしながら話を進める。お前が一番頑張れと言っても理解できないだろう、このプライドの塊は。


「お前には期待しているんだ。お前なら自分を高めながら他の生徒会のメンバーを指導することができる。基礎クラスも去年は一つ上がってCクラスになれたよな。今年もう一度基礎クラスを履修してせめてBクラスの基礎学力を付けたまえ。将来宰相の座につくには、どれだけ能力を高めても損することはないぞ。期待しているんだ。頑張ってくれ」


「アルフレッド様。俺にそんなに期待を……」


 涙ぐむな! 実力足りないって言っているんだ! こうして見ると姉の凄さが良く分かる。姉も苦労したんだろうな。側近優秀にするのって難しい。

 まあいい。とりあえず身分関係なく生徒会に入れる道筋は作れたんだ。いずれはレイシアも協力してもらいたいのだが……。


 まずはあの子だ。アリア・グレイのクラス分けのテストが優秀であることを祈ろう。




 桜の木の下で出会った少女の面影を思い出すとなぜか俺の顔が緩んだ。

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