第3話 少年、お姉さんに挟まれる
自身が今まで保管されていた『永遠の聖堂』と呼ばれる場所から連れ出されたフィルは、ライカに抱きしめられた状態で街へ向かう馬車に揺られていた。
「もう、元気になったばかりのフィルにあんまり乱暴なことしちゃダメでしょー?」
ライカは放心状態のフィルを胸と両腕でがっちりと挟みながら、向かい側に座るベルーダを叱る。
「す、すまない。その、思ったより……小さくて……加減が分からなくて……」
「フィルは昔のままなんだから、優しくしてあげないとねー?」
色々と成長したベルーダの熱い抱擁は、十一歳の少年にはあまりにも刺激が強すぎたのである。
蘇ったばかりで万全の状態ではなかったフィルは、完全にのぼせ上がって倒れてしまったのだ。
「あ、あの。どうして僕、膝の上に――」
「まあ、記憶の中のフィルは大きさも目線も同じくらいだから、そうなっちゃう気持ちは分かるけどさー」
そう言って、優しくフィルのことを抱きしめるライカ。彼女がしていることもベルーダと大差ないのだが、自覚がないのでどうにもならない。
「う、うぅ……っ」
大きな胸と胸の間に頭を挟まれてしまったフィルは、涙目で固まっていた。
「もっと大きかった気がしたんだけどな。……特に怒られてる時なんかは、歳の近い兄貴が出来たみたいな感じがしてさ……」
「フィルが一番しっかりしてたからねー。リーダーっていうよりはママーって感じだったけどー!」
「お、お前……どんな目でフィルのこと見てたんだよ……!」
一方、二人は思い出話に花を咲かせている様子である。
「もちろん仲間だよー。フィルは一緒に冒険者を目指す大切なパーティメンバーでー……」
そこまで言いかけ、小さく震え始めるライカ。
「友達で……っ、ボクが守るって言ったのにっ……いつも守られてるのはボクの方でっ……」
彼女の頬を涙が伝った。
「ライカ……?」
フィルは背後へ振り返り、心配そうな声で呼びかける。
「こんなに小さくてっ……まだ子どもだったのにっ……あんな化け物相手に……一人でっ……!」
「……ああ、そうだな」
「ごめんねっ……ごめんねフィルぅぅっ! 怖かったよねぇっ、うわああああんっ!」
「………………」
大粒の涙を流すライカに対し、フィルはこう言った。
「……泣き虫なライカなんてらしくないよ。僕はみんなのおかげでこうして無事に生き返ったんだから、もう泣かないで」
「フィルぅ……!」
こんな風に涙を流すライカを見たのはこれが初めてである。
「それに……死んだ時のことは覚えてないからよく分からないし……」
「思い出す必要はない……お前にとっても、きっと辛い記憶になる」
組んだ両手を固く握りしめながら言うベルーダ。
「そんなに酷かったの?」
「……迷宮に一人で残ったお前のことを拾った冒険者達に止められたんだ。……見ない方がいいって」
ベルーダは冷静に振る舞おうとしていたが、手の震えが抑えられていない様子だった。
「……まだ続きを聞きたいか?」
「うん。聞かせて。……僕のことだから」
フィルは頷いた。十年前に何があったのかをしっかりと理解しておく必要があると考えたのだ。
――もっとも、どちらかといえば自身の最期について興味をそそられたからという理由の方が大きいが。
「お願いベルーダ。知りたいんだ」
フィルに真っ直ぐな目で見つめられたベルーダは、ゆっくりと深呼吸をした後、覚悟を決めた様子で続ける。
「その時は……メノも、一緒だったんだ」
「え……?」
「お兄ちゃんがこうなったのは自分が無理をさせたからだって言って……一番最初にお前のことを確認したんだよ」
「そ、そっか……。病み上がりなのに……」
妹の名前を出され、フィルの蘇生したばかりの心臓が素早く脈打つ。
「その後は大変だったよ。泣き叫んで……暴れて……お兄ちゃんをこんな風にしたヤツを殺してやる……って」
滅多に怒らないメノがそんな風に取り乱す様子を、フィルは想像することができなかった。
「オレは……動けなかった。その言葉が自分に向けられてるような気がしたから……」
「………………」
「まあ、メノはお前とよく似て優しいから……実際にオレ達を責めたことは、一回もないんだけどな……」
「そっか……」
自分が死んだ時の妹の反応を聞かされるのは、フィルにとってもかなり辛いことだった。
「僕は……馬鹿だね。弱いせいで、妹の……メノのことまで不幸にしちゃった。――お兄ちゃん失格かな……」
何気なく呟いたその瞬間――
「そ、そんなことないよっ! フィルは……フィルはボク達のことを守ってくれたんだからっ!」
「うぐっ!」
フィルは自身のことを膝の上に乗せているライカに全力で抱きしめられ、大きな胸と両腕に挟まれて押し潰される。
「く、くるし……」
「ボクがいけなかったんだぁっ! うわあああんっ!」
そして、己の無力さを余計に実感させられるのだった。
「……アタシとライカも……メノの後で、お前の姿を確認したんだ。……それが……仲間として当然のことだと思ったから……」
一方ベルーダは、目の前の様子に気づかず下を向いたまま話を続ける。
「だけど、すぐにお前だって、分かんなくて……っ! 全部っ、全部ぐしゃぐしゃでっ! 着てる服とかっ、持ち物とかは確かにフィルでっ、だけどそれも真っ赤になっててっ! うぅっ!」
どうやら、彼女は未だに過去の記憶に囚われているらしい。予想していなかったベルーダの取り乱しようを見て、フィルは思わずこう言った。
「つ、辛いならもう話さなくていいよ!」
「すまない……フィル……っ、フィルぅっ……!」
「二回も呼ばなくて大丈夫だよ、うん……」
情緒不安定なベルーダとライカに挟まれたフィルは、自分が死んだせいで色々と取り返しのつかない状況になっていることを悟るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます