激動
ジリ貧だ。
このままではヤられてしまう。
姉ちゃんたちは俺を狙い、ウォルフは姉ちゃんを狙う。
ウォルフが姉ちゃんたちに襲いかかるのを、俺が防ぐと、守った筈の姉ちゃんたちが俺を斬りつけて来る。
かと言って、姉ちゃんたちに手出しが出来ない俺は、どちらの攻撃も避けたいが、ウォルフは剣豪で、その身体能力は相当なものだ。その上、隙あらばルークが姉ちゃんを狙い、やはり俺が庇う事になる。
手傷が増えてきて、聖剣を以てしても、半ばゾンビじみたウォルフが相手だと、姉ちゃんたちを守るので手一杯だ。
「くっ……くそっ、ローラ姉ちゃん! しっかりしてくれ!?」
「ふふふ、何を言っているの、ルカ? 私は正気よ? だから言う事聞いてちょうだい、なっ!」
と、ナイフで斬りつけてくる。躱す。
躱した所にウォルフが半分折れたバスタードソードでローラ姉ちゃんに斬りかかり、聖剣で受ける。
「ルカぁぁ! あたいと遊ぼう、よう!」
そこにキャシー姉ちゃんが斬りかかって来る。
キャシー姉ちゃんのナイフの刃の部分をキン、と斬り落とす。
ウォルフがキャシー姉ちゃんに蹴りを入れようとするので、体当たりでウォルフの蹴りを逸らす。この流れでローラ姉ちゃんのナイフを回し蹴りで弾いて飛ばし、ストン、首元に手刀を落として気絶させる。
ガルル、と唸るウォルフがグワッと口を大きく開けて噛みつけて来た。ガチ、ガチ、と噛みつけるが、
キャシー姉ちゃんが俺の腕を掴んで、噛み付いてくるがドン、と地面に押し付けて無理繰り引き剥がし、キャシー姉ちゃんに掴み掛かってくるウォルフを聖剣で突き上げる。
聖剣はウォルフの腹に深く刺さるが、ウォルフは構わず噛み付いて来る。ヨダレがポタポタと滴り、俺の汗と交じる。
俺の下敷きになったキャシー姉ちゃんがジタバタと足掻くが、蹴りでウォルフを突き飛ばすと俺は翻って姉ちゃんの鳩尾にコブシを落とした。
姉ちゃんズの無力化に成功したが、ウォルフは直ぐに姉ちゃんたちにとどめを刺しに向かおうとするので、ウォルフの襟首を掴みバリン、と窓の外に放り投げた。
……その先が無ければ良かったが、あいにくバルコニーがあることでウォルフはまだそこにいる。
俺がバルコニーのウォルフに向き合うと、後ろで低い声でブツブツと呟く詠唱が聞こえる。
くっそ!
剣気・一閃!
俺は全周を横に薙ぎ、腰の高さのぐるりを斬った。
キン、障壁魔法で防がれた音が聞こえ、詠唱は続けられている。マジックアイテム!?
俺は姉ちゃんズとテネブルの間に身を投じてヤツの魔光を剣気で弾こうとしたが、間に合わない。
「第七階梯魔法・怒号!」
俺は聖剣をかざして剣気を集中させ、息吹を発動させるが、魔光の威力は凄まじく、何も着ていない俺の身体は、ジリジリと焼け爛れてゆき、回復が追いつかない。
「くっ……」膝から崩れ落ちる。
聖剣から離れている俺の脚は、筋肉が削げてしまって致命的だ。これでは立ち回れない……。
テネブルを見ると、ヤツの身体も限界なのだろう。冷や汗を垂らして、身体がガクガクと震えている。だがニヤリ、と嫌な笑みを浮かべるのだ。
ノート……すまん、俺……。
バルコニーから足音が近づく。
「さすがテネブル様。ルカよ、ついに年貢の納めどきだな?ふはははは……」
後ろでルークが何か言っているが、ヤツ自身は脅威ではない。しかし、この状況を作り出したのが奴であることには変わりないのだ。忌々しい奴め。
バルコニーの割れたガラスをジャリジャリと踏み鳴らして窓に近付き、ウォルフが腰を落として脚に力を込めた。
──ドゴン!!
──っ!?
覚悟を決め、最後の攻防に備えた俺は、眼の前の事象をすぐには把握出来なかった。
眼の前のウォルフが真横にすっ飛んで壁にめり込んでいる。
そして、ウォルフの立っていた場所に……。
「カイチ!? ノート、何故戻った!?」
ノートはカイチから飛び降りて、俺の方へ真っ直ぐに走って来る。
ああ……終わりか。まあ、このまま二人で死ねるなら……。
俺はボロボロになった上半身で、飛び込んでくるノートを受け止めた。
「ルカああああああ!!」
「バカノート、何で来ちゃったんだ……」
「バカじゃない! ノートはルカを助けに来たんだよ!!」
「何を言って……ニカ姉ちゃん?」
俺は視線を感じてそちらに目を遣ると、なんとニカ姉ちゃんがカイチの上から微笑んでいる。
「ノートちゃんの言う通りよ、ルカ?」
ノートの身体が魔力の光に溢れて、何やら呟いている。
「アイフヘモヲスシ!!」
ノートの光が俺に移り俺の骨が見えた脚に筋肉や血管が、爛れた皮膚が、ヒュルヒュルと時間を巻き戻すように回復してゆく。
いったい何が起こっているのか理解に追いつかない俺は、ノートの温かい魔力に包まれて……俄然。
俄然。
死ぬ気が失せた!!
俺はすっくと立ち上がり、聖剣を構え、テネブルに向き合う。
「ノート、そこで見てろ!!」
「う、うん。見てる」
──!?
「バカノートっ! 違う!
そこは見なくていいから、姉ちゃんたちを見ててくれ!」
「むぅ……わかった」ちらちらっ。
……何でこんな時に、ノートはそんな事を考えられるんだ? おつむお花畑、いや、桃色なのか?
俺は姉ちゃんの上着を腰に巻いた。服って大事だな。そう、ニカ姉ちゃんにも早く服を着せなきゃ目の毒?だ。
「カイチ、ノートと姉ちゃんたちを頼めるか?」
──オン!
「ニカ姉ちゃんは上着を着てくれ!」
「あら?今更何を照れてるの? 前にも見たじゃない。ふふふ……」
「ルカ!? 見たの!?」
「そ、そんな事、今はどうでもいいだろ!?」
「いくない! あんな駄肉、見ちゃダメ!」
駄肉……くそ、気が散る。
「ノート? 俺はお前の裸しか興味ねえ。だから気にすんな?」
「っ!? ……むふふふふ、わかった」ちらちらっ。
「あらあら、お熱いこと? まあいいわ、ルカ、早く済ませましょう!」
カイチがそばに来て姉ちゃんたちを背に乗せ、ニカ姉ちゃんが受け止める。ノートもよじ登った。
あとは……聖典か。俺は周囲を見渡す。
「探しものはコレか?」
テネブルとか言うヤツが懐の聖典をチラつかせた。
「返してもらう」
「そうはさせんさ……第十一階梯魔法・
テネブルがそう言うと、側に闇が生まれ、手にしていた筈の聖典をそこに忍ばせた。
「残念だったな? 天帝様……」
「うむ……」
テネブルが天帝に声をかけ、御簾の向こうへと消えた。
「行かせるか!」
と、俺は御簾へと斬りかかるが、ガキンッ、と背後からの剣撃を往なし、その流れで御簾ごと天帝の居た場所を薙いだ。
バサリ、と御簾が落ちて天帝の玉座が現れたが、すでに天帝の姿は無かった。
「ルーク……貴様……」
「ヘヘッ、残念だったな? それじゃあ、俺もこのへんでトンズラさせてもらうぜ? ウォルフ!」
ドガッ! ボロ雑巾のようになったウォルフが俺に掴みかかって来た!
ウォルフはもう、全身の筋肉が千切れてしまっていて力が弱い。俺はそんなウォルフを難なく押し遣る。哀れだな、こんな──
「──野郎のために!!」
剣気・一閃、ルークのふくらはぎを断つ。
「ひっ!? うわたっ!!」
ルークが足を捻らせて、前のめりに倒れ込み、顔面を地べたに強く叩きつける。ゴス、良い音だ。
「ちょっ!? ちょっと待て!! 俺はテネブルの指示でやっただけだ!! 俺ぁ悪くねえだ、ぶっ!?」
ルークの顔を踏み付ける。
地面を這いつくばってこちらに向かうウォルフに目を遣る。
「ノート! そいつに浄化を!」
「わかった!」
ノートはカイチの上でブツブツ何かを唱えた。
「トホカミヱヒタメ!」ノートの指先からウォルフへキラキラとした光の粒が注がれる。その光の粒がウォルフの身体を包み込み、ウォルフの険しかった表情が、穏やかな顔つきに変わった。
途端、ウォルフは事切れた様に動かなくなった。
「ちゃんと相手してやれなくて悪かったな……あんた、強かったぜ?」俺はそう言って、ルークの顔から足を下ろし、折れたバスタードソードをウォルフの手に持たせた。
一瞬、ウォルフの口元が笑ったような、そんな気がした。
……さて。振り返る。
「ひっ!?」
ふくらはぎの筋肉が切断されて、立ち上がれずに足掻いているルークに詰め寄る。
「さ、催眠操術・傀儡!」
ルークの目に魔力が宿り、怪しげな光を放つ。それに伴い、俺は立ち止まって構えを解いた。
「ふ、ふはははははは!! どうだ? 意識を持ったまま操られる気持ちは!? 抗えまい!?」
──パン! 奴の横っ面を叩いた。
「なっ!? 効かないのか?」
「さあな?」俺の目は覇眼を使っている為に催眠は効かないようだ。
奴がウォルフに向かって何かを唱えようとするので、
──グリッ! ナニを踏みつけた。
「い゙でえ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!」
「動くな。俺の姉ちゃんたちを穢したのはコイツか?」グリリッ。
「やっ、やめっ! やめてくれっ!!」
「あ゙? ナニを辞めるって?」グリグリ……。
「ぐあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! ゆ、許してくれ!! 何でもするから!! そ、そうだ! 天帝たちの居所を教えてやるからよぉ! なっ!?」
奴の股間に置いた足を退ける。奴は少し安堵の表情を見せる。
「言え」
「あ、ありがてえ。そう、天帝は……」
「……」
「決まってんだろ? 騎士団長が帰還するまで身を隠してんだよ!!」
「騎士団長?」
「ああ、そうさ。団長がアスガルドを陥落したと言う情報が入ったからな?」
「……天帝はどこに隠れてる?」
「詳しくは知らねえが、この城塞の地下に隔離された区域があるらしい。きっとそこにいる筈だ!」
「何処からそこへ行けるんだ?」
「そこまでは知らねえよ……」
──グリリ……。
「ひいっ。本当に知らねえんだよう! 許してくれよう!」
「ああ。俺は許してやろう……じゃあ、ニカ姉ちゃん? あとは頼んだよ?」
「うふふ。任せてちょうだい?」
スタスタとニカ姉ちゃんが歩み寄る。途中、ローラ姉ちゃんが落としたナイフを拾い上げる。
「うっ……ヴェロニカ? や、やめてくれ……何でもするからよお? な? ほ、ほら? お、俺が身請けしてやるからさ?」
「そんなこと、していらないわ、よっ!」
ニカ姉ちゃんが高く上げた脚を、勢いよく振り下ろした!
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
ルークの股間からゴキリ、と変な音がした。その後もゴスゴスと何度も踏みつけている。
「アガ……ハッ……ア゙、ア゙……」
「ノートちゃん? 回復、頼めるかしら?」
「わかった! アイフヘモヲスシ!」
「……へ? 治った? た、助かっ!?」
──ゴスッ! ゴリゴリ……。
「ゴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
「ノートちゃん!」
「アイフヘモヲスシ!」
「ひっ!? ひぃいいあぁ!!」
──グチャ……グチチ……。
「オ……オゴオ゙オ゙……ォォ……」ジョロロオオオ……。
「あら? もう失神したの? 失禁までしちゃって……つまらない男ね? ちゃんと床を拭きなさいよっと!」
ニカ姉ちゃんはルークの頭を踏みつけて、汚水に濡れた床に擦り付けた。
そして……カラン、ニカ姉ちゃんはルークの剣をとり、ルークの股間にあてがった。
──ズン……。 ルークの身体の一部が、本体と永遠の別れを告げた。
ルークは失神して、ピクピクと震えている。目は見開いているが、焦点が定まらない。
「そう言えば、ここの牢番さん……男を掘るのが好きだったわね?」
ルークが一層目を見開いて、何か言いたそうに唸ったが、ニカ姉ちゃんの足が顎を踏みつけているので、何を言っているのか判らない。失神している様に見えたのは演技だったのか?
俺たちはルークを王室にあった隷属の首輪と共に、厳つい牢番へプレゼントした。牢番は薄気味悪い笑みを浮かべると、ベロリと舌舐めずりをしながら、ルークを抱えて控室へと入ってガチャリ、鍵をかけた。中からルークの悲鳴が聞こえた気もするが、知ったこっちゃない。
俺たちはその後、城塞の地下居住区への入口を探したが、見つからなかった。
ルークが嘘をついたのか、ただ見つからなかったのかは判らない。
俺たちは帝都を出て、カイチに乗って、アスガルド皇国へと逃れた。
これが俺とノートの七日目だった。
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挿絵:ルカ
https://kakuyomu.jp/users/dark-unknown/news/16818093082537055530
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