道標

 俺はノートの暴挙を制して、賢者へと向き直った。


「賢者様、教えて欲しい事があるんです」

『……とりあえず聞こうではないか、申してみよ』

「ありがとうございます! アズラエルの呪いはご存知でしょうか?」

『ふむ、死の呪いじゃな。某を蝕んでおるのはアズラエルの呪いか。つまり、ここには解呪の方法を聞きに来た、そう言う事じゃな?』

「その通りです。何かご存知ないでしょうか?」

『ふむ……』


 隣でノートが、カイチとか言う仙獣とキャハハ、ウフフ、と笑って戯れていて気が散るが、仙獣は嫌がってないみたいなのでかまわないだろう。

 それを遠い目で見ているフェルディナントさんの方が、気が気でないようだ。


『呪いの解き方はその聖典に書いておる』

「ふぇ?」

『何度も言わせるな。聖典に書いておろうと言っておる』

「……ノート! 賢者様がこう言ってるんだが!?」

「ん? もっかい見てみんべさ」


 とノートは、仙獣カイチの背中で寝そべりながら、足をパタパタさせて、聖典をペラペラとめくり始めた。


 しばらくして。


「まはたーと。何処にもそんな事書いてないべや、こんにゃろう!」

「ノート! ほんと、お前のパーソナルスペース狂ってやがるな?」

『書いてないのではない、読めなくなっておるのだ』

「つまりどう言うことですか、マー君」


──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


『お前ら、教えてやらんぞ!?』

「そんな連れないこと言わないでくださいよ!?」

『……その聖典は穢れておるのだ。穢れは聖典を曇らせる。つまり、その聖典は現在、在るべき姿を留めておらぬ、と言う訳じゃ』

「穢れ……あの教皇のせいか!?」

「……クソジジィ、シンデモジャマシヤガルゼ。アノヤロー」

「では賢者様、いったいどうすれば良いのでしょうか?」

『聖剣で穢れを祓うしかあるまい……チョウシガイイヤツメ』

「聖剣で!?」

『左様。聖剣と聖典は二つで一つ。元来、離れてはならぬモノなのだ。離れたが為にそれぞれが穢れを持っておる。持つべき人が持ち、正しき導きをせねば、それぞれの力は無いに等しいのじゃ』

「聖剣……また帝国か……」

「ルカ……もう、辞める?」

「……少し考える」

「私はルカがどっちを選んでもついて行くからね?」

「お前の場合、背中に乗ってるだけだろ?」

「私の居場所はいつだってルカの背中だよ! ルカの背中はノートが守るからねっ!!」

「お前が歩きたくないだけじゃねえか!」

「ルカの足を引っ張るわけにはいかないからね! これでも私、空気読めるようになったと思わない!?」

「お前、全力で歩く気ねえな!?」

「えへへ〜」


 何で照れてんだ? 


『ルカ、そしてノートよ。聴きたい事はそれだけか?』

「まはたーとん」

『何じゃ、ノートン』


 わりと嫌じゃねえのか?


「私のお母さんて、どこの人かわかる?」

『天人、即ち翼人族の国はアスガルド、またはヴァナアイランドである。仮にアスガルドならアース神族、ヴァナアイランドであれば、ヴァン神族となるであろうな?』


 天人……? 神族? 俺、ノートの事、本当に何も知らねえな。なのにこの石っころ、賢者様かなんだか知らねえが、俺よりノートの事を知ってやがる。それが賢者と言う事なのか……解んねえな。


「まはたーとん、私は羽無いよ?」

『ノートン、某のスカイブルーの瞳は天人の特徴であって、他の種族にはないものだ。間違いなく某は天人、光の加減で少し翠がかっておるところ、ヴァン神族の血縁の可能性が高いのお』

「ヴァン神族……ヴァナアイランド?」

『左様。であるからにして、ルカの様な魔族と動向を共にしておることの説明がつかんのだ。非常に興味深い』

「マー君、やはり、俺は魔族なのか?」

『ルカ……ルー君、某の額の角は他の種族には無いモノなのじゃ。魔族の血が流れていることには間違い無いであろうな?』


 言い直したところ、この石ころは俺たちと距離を詰めてるよな?


「そうか。魔族の血が流れていることで、何か問題があるだろうか?」

『ふむ。見た目で忌避される事はあるだろうが、吾の持つ知識では、魔族=悪魔ではない。魔族とは魔物と人の融合であり、魔物とは魔力を持つ生き物を指す。即ち、魔族とは見た目こそ違えど、人族とて神族とて魔物である事に変わりないのだ。ルー君、ノートン、つまるところ、某たちが共に居るのは、何も間違いではない。某たちに子供が出来たならば、吾にも会わせて欲しいものだ』

「コ、コドモ!?チョッチョチョチョットハヤインデナイカイ?マアイイケド、エヘヘ~♪」

「わかったよ、マー君。本当に助かった。いや、本当に助かるかどうか知らないが、やるべき事が見えた。何かお礼は出来るだろうか?」

『ならばルー君。礼などは良いから、また顔を出してはくれまいか?』

「そんな事で良いのか?」

『此処は静かで良いところなのだが、いかんせん、話し相手がおらぬ。下の集落【カビレ】のエルフは温厚で真面目なのだが、変化に乏しいのじゃよ。

 吾は賢者だ。貪欲に新しい知識を欲する探求者じゃ。森の精霊から世界中の情報が集まるのじゃが、そこに目新しい情報などは無いに等しい。世界は同じことの繰り返しなのだ。

 某たちがここに来たお陰で、吾は知識の刺激に飢えていることに気付かされた。なので、ルー君、ノートン、吾の友となり、時折遊びに来て、少し話をしてくれるだけで良い。引き受けてくれまいか?』


 なんだ、この石ころ、寂しかったんじゃねえか。ある意味俺たちと同じなのかも知んねえな……。


 ノートが石ころ、もといマー君のところまでカイチに乗って向かった。カイチはマー君の前で伏せて、ノートがカイチの背中から降りた。……この距離すら歩かない徹底ぶりよ。


「まはたーとん、ぎゅっ!」


 ノートが石っころに抱きついた。石っころは驚いたような顔はするものの、嫌ではない様だ。


「おい、賢者様に手を触れるでない!!」


 フェルディナントが凄い剣幕でノートを怒鳴った。


──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


『黙れ!!』

「はっ、しかし……」

『黙れと言っておる、小童が!!』

「か、畏まりました……」


 石ころに怒鳴られて、フェルディナントさんが恐縮して畏まる。

 マー君は石ころだ。きっと人のぬくもりなど判らないだろう。しかし、心のぬくもりは感じられる、そう言うことなのだろう。

 俺もそっとマー君に寄り添う。


『ルー君は別にいい……離れてくれまいか?』


 ただのエロジジイだった!?


「もう、二度と来ねえ!」

『じ、冗談じゃないか、ルー君!? きっとまた来てくれるのであろう?』

「……考えとく」

『わ、わわ、解った。友好の証としてコレをやろう。ぺっ!』


 この石っころ……何か吐き出しやがった!?

 何か汚くね? ……いや、むしろ何かキラキラしてる?


『それは【賢者の宝珠】と言って、某たちが知っている【賢者の石】の上位互換だと言えよう』

「け、賢者様!? そんな国宝級のモノを、斯様な他所者たちに与えるなど……」

『黙れフェルディナント! 吾友に失礼だぞ!!』

「はっ……、ははぁ!」


 フェルディナントさんが平伏した。少し気の毒に思える。

 きっと代々この石っころの面倒を見続けて来た、由緒正しい家系もあるだろうに、とても残念なことになっている。


「しかしマー君、この石ころは、いったい全体、俺たちの何の役に立つってんだ?」

『よく聞くが良い、ルー君。間違えてもコレを売ってしまおうなどとは思わんで欲しい。賢者の宝珠は別名【フラーレン】と呼び、ドラゴンの血を結晶化したものを神聖幾何学完全多面体に生成したものだ』

「え、何?」

「ふぇ?」


 正直なところ、石っころが何を言っているのか解らない。結局何が言いたいのか、掻い摘んで話してくれないだろうか?


『つまり、これには無限の魔力を秘めておる。その穢れた聖典のくすんだ【カーバンクルの宝珠】も、穢れた聖剣の【オーディンの瞳】も、魔力が無くてはただの石だ。永年に渡って穢されて来た二つの力をコレが補ってくれるであろう』

「よくわからんが、これが必要だと言うことだけはわかった」

「まはたーとん、ありがとん!」

『ふぁふぁふぁ。約束じゃぞ? 必ず生きて、また来ておくれよ?』


 何故か石っころ賢者様は上機嫌だ。初めの印象とはかなり異なったが、結果良かったと言えよう。


 しかし、相手はあの帝国だ。聖剣には苦い思い出しかない。


 正直なところ、俺はこのままアズラエルと遣り合ってもかまわないとも思っているが、あの帝国に一矢報いるのも悪くない。そう、思い始めていた。

 どうせ残された時間は短いのだから、父ちゃんの仇とも言うべき、あの天帝様に引導を渡してやろうかと考える。


 ちらり、と仙獣と戯れるノートを見た。


 何故か自分がノートよりも、小物に思えてきた。

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