遭難

    【五日目】


 俺たちが去ったあと、帝都教会は大混乱に見舞われる事になった。教皇と聖典を一度に失ったからだ。

 帝都から使者が大勢やって来て、聖典の在り処を探し回ったようだけど、結局見つからなかった。


 そして今。


 俺はノートを連れて、追手を避ける為に、街道を通らず、深い森の中、道なき道をひたすら歩いていた。

 

 路銀はあるが、足跡を残すわけにいかないので、近隣の町や村には寄るつもりはない。


 ノートが、もしかしたら解呪の方法が載っているのではないかと、聖典を持って来てしまったのだ。帝都教会、ないしは帝国からの追手は必至だろう。


 ミッドガルドとアスガルドの間に広大に広がるアールヴ大森林。樹齢千年を超えるような大樹が立ち並び、どちらを向いても同じ景色が続く為、別名『迷いの森』または『還らずの森』などと呼ばれている。つまり、森に迷って生還出来ない者も多いと言うことだ。


「ノート……」

「なあに?」

「そろそろ降りてくれないか?」


 ノートは俺の背中にしがみついて離れない。その為、背中に荷物を背負えないので、荷物はノートが背負って、ショルダーバックやウェストポーチにも分散して入れている。即ち、全ての重量を俺が負担している、そう言うことだ。


「ワタシハナニガアッテモ、ルカカラハナレナイ!!」

「さっきオシッコしたいって言ってたろ? こんなとこで漏らされたら、洗うところないからしばらく臭いぞ?」

「忘れてたのにっ!! なして思い出させたんだべ!?」

「お前が降りないからだろう?」

「……お、オシッコする間だかんね!?」


 ノートはそそくさと俺の背中から降りて、茂みの向こうへと隠れた。


「音! 聴いたらいかんよ!?」

「そんな事言ってもこの森、めちゃくちゃ静かだぞ?」

「むぅ……したらルカ、何か歌ってよ」

「へ? 俺、歌なんか何も知んねえぞ? ノートが歌ったらどうなんだ?」

「むむぅ……」


ゴブリンのパンツは

くっさいパンツ

トロルのパンツは

でっかいパンツ


コボルトのパンツは

あなあきパンツ

ドワーフのパンツは

ブッリキのパンツ


エルフのパンツは

葉っぱのパンツ

マッリアのパンツは

しっみつきパンツ


「おい!?」

「あっ、まだ終わってないっしょや!?」


 チョロロロ……


「きゃあ〜ルカのエッチ〜〜♪」


──スコンッ! スココン!


「やべっ!」


 俺は茂みの向こうのノートの首根っこをふん掴まえて、走った!


「あっあっ!だめ〜〜!!」


 ノートが何か言ってるが関係ない、牽制だろうが、ノートのそばの樹木に矢が刺さった。


 近くに人の気配は無かった。つまり、超長距離からの射撃となる。とんでもない奴がいる。

 弓を使い、これほど高度な射撃を繰り出せるとなると、モンスターではなく、人だろう。


 この森の住人ならまだ良いが、追手だとすれば困る。とにかく逃げ切るか、相手を何とかしなければならない。


「うう……もうお嫁に行けない……」

「お前、俺じゃ不満なのか?」

「ルカは、お漏らしするお嫁さんでも、いいの?」

「んなこたあ、今はどうでも良いだろう? 舌咬むから黙ってろ?!」

「むぅ……」


──スコココココココン……


 何て……でたらめな連射だ。しかも正確に撃ってくる。紙一重で外して、撃つなんて……マジでヤベー奴だ!


 本当ならいくつか刺さっていたかも知れない。しかし、これは俺たちを何処かに誘導するような攻撃だ。


 誘い込まれている。


 罠……なのか?


「ノート、しっかりと掴まってろ!?」

「汚れるよ?」

「いいから、思い切り掴まれ!」

「わかった! むぎゅ〜」


 父ちゃんが言ってたな……アールヴの樹だけは、何があっても斬るな、って。でも、これは鬱陶しい。樹の上から狙われていては、こちらは恰好の的だ……。


 タンッ! 俺は岩を踏み台にして、跳躍し、樹を蹴りながら樹上を目指した。


 どこだ。どこだ? いったいどこから……?


「ルカ、向こう」

「んっ!?」


 ノートの指差す方を見ると、キラリ、光る人影。独り……?


「ノートはそのまましっかりと掴まってろ」

「まかして! ぎゅっ!」


──覇眼!


 これは気を眼に集中して、広角的な視野を得られ、相手の捕捉に優れている。


 捕捉出来たら一気に間合いを詰める。と、思って樹の枝を次々に渡って行くが、一向に追いつく気がしない。


 ……凄い。父ちゃん以外にこんなに凄い人間? がいるのか!?


 よし、決めた。


 大樹の太い枝に立ち止まる。


 向かう方角は奴の反対方向。樹上だから見えた、あの大きな樹。ひとつ抜きん出た大樹が見える。あそこだ。


 呼吸を整える。すっ、息を吸い、ふっ、と吐く。


 さあ、来るなら来い。


──キキキキキキキキキキン!


 いくら撃っても無駄だ。俺が全て斬り落とす。


 バラバラ、と矢が積み上がってゆくが、いったい何本持ってやがるっつんだ?!


 まあ、俺を止められるなら止めてみろ?


 飛んでくる矢を往なしながらスタスタ、と大樹を目指して歩く。近付くに連れて攻撃が激化し、外されていた矢が身体に向けられる。

 しかし、そんなものは知らん。当てれるものなら当てれば良いし、止めれるものなら止めてみればいいのだ。


 影からコソコソ撃ってるだけで、人を止められるなんて思うなよ?


──スパパパパパパパパン!!


 樹の根元に奴の矢が突き刺さる。


 良いぞ、慣れてきて、相手の矢の軌道を変える事が出来るようになった。ほら、てめえの撃った矢が樹に当たっても俺は知らねえからな?


 ……途端に攻撃が止んだ。


 てことは、追手じゃねえな。ひとまずは安心か?


「おい待て!!」


 ……来たか。


 俺は立ち止まると、声のする方へと視線を移した。


 樹の上に肢体の長い細面の人影が立っていて、矢を番えている。逆光となっていて、相手の顔は窺えない。


「偉そうに。頼み事があるなら降りてきて頭を下げたらどうだ?」

「ソウダソウダ!コレハワタシトルカノアイノトウヒコウナノダ!オマエナンカニハトメラレナインダカラネ!」


 しばしの沈黙。


 そして、俺が歩き出そうとすると、樹の上から奴がバッ、と飛び降りた。あの高さから飛び降りて、難なく着地する。やはり只人ではないな。そして、恐ろしく美しい……人間? いや、耳が長い。これが父ちゃんが言ってた森の住人、エルフと言う種族なのだろう。


「待て、待ってくれ……頭は下げない。しかし、話を聞かせてくれないか? 様子を見るに、森を害する者ではない。僕を敵視しているわけでもない。君たちの目的はいったい何なんだ!?」


 俺はもう一度奴に目を向ける。敵意はなさそうだ。


「俺たちは帝国を捨てて逃げて来た。そして、ある呪いを解く方法を探している」

「帝国の者か……信用は出来ないが、先程から嘘をついている様には見えない。そして、呪い? それはどのような?」

「アズラエルの呪い。俺はあと八日しか生きられない。それまでに呪いを解きたいんだが?」

「アズラエル……なんて不憫な。しかし、この森に入る理由にはならんだろう?」

「俺の父ちゃんに聞いたことがある。ここには長寿の種族が住んでいて、洩れなく頭が良いのだと。なので、もしかすると何かを知っている人が居るんじゃないかと思って来たんだ」

「賢者様の事を言っているのか? お前みたいなよそ者が、賢者様に会えるだなんて思っているのか? 無理だ、諦めて引き返してくれ!」

「無理かどうか、なぜあんたが決めるんだ? その賢者様?とやらが居ると言うのなら、俺は何としてでも会いに行く。言っただろう? 俺には時間がないんだ!」

「くっ……」


 悩んでいるようだな。まあ、俺には関係ない。


「それじゃあな」

「ま、待て! わ、わかった。解ったから待ってくれ!」

「俺は急いでるんだが?」

「だから解ったと言ったろう? 僕が先ず長老に話をしてくる。必ずすぐに戻るから、あんたはここで待って居てくれないか?」

「俺も連れて行けば良いだろう?」

「それも踏まえて長老に相談したいんだ。頼む! 待ってくれ!」


 ついに頭を下げた。……しかたない、か。


「わかった。とにかく早くしてくれ!」

「すぐに戻る!」


 そう、言い残すと、奴は森の奥へと駆けて行った。はえーな。


 しかし、賢者様……か、とりあえず会わなきゃ、な?

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