討伐

     【三日目】


 討伐対象である炎竜エンテイは、エトナ山のダンジョン『炎竜の巣窟』の最深部に棲んでいる。


 今までに何組ものパーティが挑んだクエストだが、どのパーティも最深部にたどり着くまでに、ダンジョン攻略でボロボロになっており、ドラゴンとはまだ一戦も交えていないらしい。


 ダンジョン『炎竜の巣窟』の入口は、エトナ山のふもと、エトナ渓谷の滝の裏にある。


「ねえ」

「……」


 本当に。


「ねえってば!」

「あん?」


 何なんだ?


「どこ行くの?」

「ドラゴン討伐に決まってんだろ?」

「ダンジョンの入口ってエトナ渓谷じゃないの?」

「……それよりお前さ?」

「ん?」

「何でついて来てんの?」

「したっけ、引きこもる場所がないっしょや?」

「ギルドで待ってれば良いだろう?」

「……知らない人がいっぱいで怖い」

「ダンジョンは怖くないのか?」

「だって、ルカが一緒だもん」

「討伐相手、ドラゴンだぞ?」

「ドラゴンて美味しいんでしょ? ルカが、独り占めにするかも知れん」

「……勝手にしろ」


 本当に危ないのに、何でこいつついて来んだ? せっかく助けた命を……まさか本当に死にてぇのか?


 ……まさかな?


「ねえ」

「……」


 ……本当に。


「ねえってば!」

「あ゙ん゙?」


 ……次は置いて来よう。


「どこまで登るの? 私こわい(疲れた)……」

「山頂までだよ。お前、別に来なくて良いんだからな?」

「おんぶ?」

「……漏らすからヤだ」

「むぅ……」


 ノートは不貞腐れて、木の根っこでうずくまった。ああ、そうしといてくれたら助かる。


 ……。


「きゃあ~」


 ……くそっ!


 エトナ山はダンジョンの外にもモンスターはいる。弱いモンスターで、普通の冒険者なら、難なく往なせるのだが。何せノートはただのサポーターだ。戦闘能力は皆無と言ってもいい。


「ホント、今度は括り付けて来なきゃなんねぇな!?」ドカッ!


 俺がノートを連れ去ろうとしたゴブリンの一匹に蹴りを見舞うと、その他大勢のゴブリンに囲まれた。


 ひゅっ、とひと息吸う。


「ふっ!」


 周辺の空気が弾け、ゴブリンがバタバタ、と血を吹いて倒れてゆく。


 ……。


「……ほら」

「……」


 面倒くせぇ。


「おんぶ……してくれる?」

「してやるから早くしろよ」

「んふふ。ありがとん♡」


 別にノートを背負ったところで、大した重荷ではない。


 ただ……。


「お前、臭えな!?」

「だって、お風呂ないしょやね?」

「湖で洗わねえからだろ?」

「え、何? 私のハダカ、見たいの?」


 どさっ。


「いった〜いっ! なして落としょん!?」

「よし、ひん剥いてやる」

「え、ちょっ! うそ!? やめ……きゃあああああ! も、もも、もちょこい、もちょこいきゃあ~」


 俺は構わずノートの服を全て脱がして、ゴブリンから剥ぎ取った服に着せ替えた。


「うぅ……ひどい……」

「よし」

「何が『よし』よ!? こっちの方が臭いべさ!?」

「布の服だとそれこそ素っ裸になっぞ? これからそういうところに行くんだ。大人しくそれ着とけ」

「したっけ、言ってくれたら自分ではくっしょや? ああっ!? やっぱり見たかったしょやね? あんたやっぱり、むっつりだんべ?」

「ほら、行くぞ? 時間ねぇんだ」

「……ん」


 俺は黙ってノートをおぶり、山頂を目指した。


 ……どのみち臭えな。


 エトナ山の中腹まで来ると、植物が少なくなり、岩肌が露出した荒野が続く。道なき道をぐんぐん進むと、火口が近付いて来る。


「あぢぃ〜」

「まあ、暑いわな……活火山だからな?」

「もう帰ろうよ〜」

「……お前、帰るところ無いの解ってて言ってるよな?」

「うぅ……家が無いってゆるくない……」

「まあ、それももう少しの辛抱だ」


 俺はノートを下ろした。


「お前、ここで待ってろ? ここならゴブリンも来ないだろう?」

「?? ここ、火口だよ? ダンジョンの入口って滝の裏じゃなかったっけ?」

「……お前、わざわざ入口から行くバカがどこにいんだ?」

「じゃあ、ここは出口?」

「ノート、よく考えてみろ? ドラゴンの大きさってどんなんだ?」

「んと、こ〜〜〜〜〜〜〜〜んな感じ?」


 見ると、ノートが手を広げてぴょんぴょん跳ねている。


「まあ、もっとデッカイけどな? そんなデッカイやつがダンジョンの入口からどうやって入るっつんだ?」

「……無理」

「だろう? そしたらさ? ドラゴンはどこからか入ると思う?」

「……つまり、それがココ?」

「その通り! そんなわけだから俺、行ってくるわ。待ってられるだろう?」

「……ワタシモ……イキタイナ?」

「……死んだって責任、持たねえからな?」

「私、ルカと一緒なら死んだってかまわないよ?」

「バカッ! 俺は死なねえからっ!」


 俺はノートを再び背負って、火口を降り始めた。


 ノートがさっきよりキツく抱きついている。やはり怖いのだろうか? だったら残れば良いのにな?


 火口から少し降りたところに踊り場があって、そこから巨大な横穴が続いている。いかにもドラゴンが降り立って入って行きそうである。実際にドラゴンらしき爪痕があり、重量級の何かが通った痕跡もしっかりと残っている。


 俺たちは、その横穴をゆっくりと歩いてゆく。


 道は真っ直ぐで、他に横穴などはない。中に行くほどに、空洞は大きくなり、奥から唸り声の様な音が聞こえて来るようだ。


 唸り声かもしれないし、風かもしれない。唸り声だとすれば、気付かれているかも知れないのだ。


 俺はノートを下ろして、下ろして……うん、下ろして、少し離れた後ろを歩かせる。


「……くっつくな、離れてろ」

「……グスン」


──っ!? 


 空気が引く。


 来る!


──ゴオッ!


 ズバンッ! 洞穴の奥から発せられた壁一杯の火炎ブレスを斬る。

 斬ったところから霧散して熱源が消滅する。しかし、空気は熱でヒリついている。

 ノートには皮のマントを持たせているから大丈……、じゃねえな? ……あいつ、頭の先がチリチリになってやがる。

 マントの上から、ひょっこり顔をのぞかせて。


「ルカ! すごいね!」

「お前はちゃんと隠れてろ! お前、マントの上から覗こうとしただろう?」

「え!? なしてわかるの?」

「頭チリチリだぞ?」

「ふあっ!?」

「あの攻撃が続くと酸素が薄くなる。気をつけろよ!?」

「わかった!」すーはーすーはー!


 ……ま、いっか。


 俺は持って来た剣を二本携えて、他はそこへ突き刺した。


 師匠の訓えのひとつ、竜と対峙した時は──


──牙竜点睛。


 俺は二本のロングソードを構える。剣身を前に突き出し、切っ先は炎竜へと向ける。


 竜はバカではない。一度攻撃して効かなかったならば、疑問にだって思うのだ。火炎が効かなければ物理だ。と、襲いかかって来る。


 何度も言うが、竜はバカではない。闇雲に突っ込んで来るものではない。尻尾で牽制して土煙を起こして、目眩ましをするくらいは、軽くやってのけるのだ。

 

 炎竜は土煙の中を尻尾で薙ぐが、手応えがない。


 当然だ。その尻尾に飛び乗り、まさか身体を走ってくるとは思うまい?


 俺が炎竜の背中をひた走ると、解剖学的に前脚は背に届かないので、炎竜は首を後ろに回さざるを得ないのだ。


 ぐわっ、と炎竜は口を大きく開けて俺に迫って来る。

 構わず俺は突き進み、ずずん、とロングソードを炎竜の両目に突き立てた!!


──グワアアアオォア゙ア゙ッ!!


 悲痛な雄叫びをあげる炎竜。俺はロングソードをガン、足蹴にして飛び降りる。


 竜の身体が硬いなら、柔らかい部分を狙えば良い。それだけの事だ。


──ガア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!


 さあて、これからが本番。


 俺は地面に突き立てた剣を一振り手にする。


「悪いな……」


 ソードブレイカーを誇る竜の鱗はやはり硬いものだ。別に斬れなくはないが、時間がかかってしまう。

 父ちゃんならそんなこともないのだろうか?

 

 俺は両手で剣を構え、ぐん、と重心を後ろにかけ、両脚で地面がえぐれるくらいに踏み込み、斬りかかる!


 どん、地面が爆ぜ、弾丸の様に火竜の懐に飛び込み、両手上段から、炎竜の後ろ脚の付根に剣を突き立てて、ザンッ、力任せに割いた!

 裂けた脚は、否応もなく、重力に従わねばならない。


 ズズン……、炎竜が傾くが、動きが止まったわけではない。更に死物狂いで暴れ出した。


 ドカドカ、と洞窟の壁に当たり散らす。


 しかし俺は、踏ん張っているもう片方の後ろ脚の付根にも剣を差し込んだ。中殿筋を断つ。


──ズズズズウウウウン……。


 そうだ、ドラゴンなんざ、わざわざ硬い鱗に剣を突き立てたり、斬りつけたりする必要なんてないのだ。関節の比較的柔らかい部分を斬ればこうなる。


 炎竜は前脚を掻くようにして体制をこちらに向けてくる。


 俺はダンジョンを背にして炎竜と向き合った。


 炎竜は首を大きく振り上げてグオゥ、と空気を吸い込んだ。


 そりゃあ、強力な遠距離攻撃を持っているのに使わない手はないだろう。一度斬られたくらいで、悪手と言うわけではないのだ。


 炎竜の胸から喉、口へと続く龍脈が赤く光る。


 ヤツの口角から光が漏れ出て、そこから真っ直ぐにこちらへ光が伸びた。そうだ、これは火炎と言うよりも、光線に近い熱の暴力だ。


 当然、そんなもの喰らうわけにはいかないだろう?


 俺はヤツの注意をしっかりと惹きつけて、避けた。


 超高熱線はダンジョンを突き抜けてゆく。


 俺はヤツの懐に転がり込み、ふっ、と息を吐くと、ストン、喉元へその一振りを突き立てた。その切っ先は脳にまで到達しているだろう。


 ガン、俺はヤツに突き立てた、剣のヒルトを蹴りつけた。


 炎竜の動きが止まり、ズドン、と上半身が倒れた。

 

 ヤツの首元から流れる鮮血が、みるみる地表を赤く染め上げてゆく。


──グルォロロォォ……


 炎竜はそれを最期に息絶えた。


 竜は賢く、気高く、力強い生き物だ。普通ならば人に殺されたりする生き物ではない。

 しかし、俺は剣聖アルマンドの息子だ。剣を持って負けるわけにはいかない。


 それが、何者であろうと!


 炎竜の素材は大き過ぎるので、後でギルドに引き取ってもらうにしても、討伐達成の証拠に、牙と鱗を持って行こう……行けるか? ノートが歩いてくれたら?


「ルカっっ!」


 ノートが、ひしとしがみつく。


「どうした、ノート?」

「ううん、なんもぉ……」

「素材少し頭陀袋に詰めて帰るぞ。歩けるか?」

「うん!」


 俺たちは、炎竜の素材を頭陀袋に詰めると、今度は炎竜の熱線で一掃されたダンジョンの素材を拾いながら、帰路についた。


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