第56話 エピローグ

「ピルプロンクリスタル?」


 ツバキは怪訝そうな顔をする。

 ここはダンジョンの地下5階。

 もうすぐ消防の特別高度救助隊がやってくるてはずになっていた。

 それがツバキとの別れになる。

 魔女とはいえモンスターだ。

 人間社会に溶け込んで生きていくことなどできない。


「どっかほかのダンジョンでも探してそこに住み着くさ。ここ? いやだよ、有名になりすぎて観光名所になりそうじゃないか、そんなところには住めないさ」


 ということらしい。


 コメント欄の機械音声がコメントを読み上げる。


:コロッケ台風〈ピルプロンクリスタルとかいうのさえあれば、地上で魔法やスキルが使えるらしいですけど、ツバキさんはご存知ないですか?〉


「ああ……あれか。見たことはないが、イギリスのジェシカっていう魔女が持っているぞ……。……そうか! なるほどな。ふふふ、なるほどなー。人間もおもしろいことを考えるじゃないか。たしかに、あれを使えば……」


「どういうことだ?」


 光希が尋ねる。


「ふふふ、そうか……。あれを使えば、たしかにスキルを発動した状態を固定できるし、時間制限もなくなるな……。あのな、凛音を実質的に生き返らせることができるかもしれんぞ」

「どういうことだ、きちんと教えろ」

「ふふふあははは、なるほどなー。凛音の身体を作り出すことは光希、お前が簡単にできるだろう? そこの発情濡れ濡れヌルヌルウサギもいるんだし」


「な……! 今はそうでもないぞ!」


 ミシェルの抗議を無視して光希はさらに尋ねる。


「なにをいっているかわかんないぞ。俺にはそんな力はない。これから『入れ物コンテナオブソウル』になる人形を作れる人形師を探そうと思っているんだ」


「あほか、光希、お前なにもわかっていないねー。よし、じゃあ今ここで凛音を一時的にでも復活させようじゃないか。地上では使えないから意味ないと思っていたし、とっくに気づいているもんだと思ってたが」


「ほんとに何を言っているかわからんぞ」


「まあまあ。よし、じゃあそこのウサギ濡れ濡れ」


「それでは濡れているのが本体みたいじゃないか」


 ウサギ耳をピョコピョコさせて文句を言うミシェル。


「まあどっちでも同じようなもんじゃないか。ほら、光希に自分の身体を食わせてやれ」

「ああ、まあそれはかまわんが……」

「別に肉である必要はないんだぞ? 髪の毛でいいんだ、髪の毛で」


 聞いていた由羽愛ゆうあがぽんと手を叩いて、


「あ、それでいいんだ」


 光希はがっくりと肩を落とした。

 俺は痛い思いをさせてまでミシェルの肉をかじっていたのか……。


「もっと早く教えてくれよ……」


 ミシェルはどうとも思っていない顔で、


「まあ、わりとかじられるのも悪くなかったがな。よし、マスター、ちょっと待っててくれ」


「ああ、髪の毛を一本、頼むよ」


「あ! マスター、そこに虫がいるぞ! 気持ち悪いからつぶしてくれ」


 光希がそちらの方をみると、たしかにそこには大きめのダンゴムシのような虫がいた。


「虫ってお前、こんなダンジョンの中で虫一匹気持ち悪いとかなにいってんだ……モンスターだったりするのか?」


 そいつを眺めてみるが、どうみてもただの虫だ。


「ほうっておこうぜ」

「よし、マスター、髪の毛を抜いたぞ。これを食ってくれ」

「いったいなんなんだよ……」


 ミシェルから毛を一本受取る。

 飲み込みやすいのを選んでくれたのか、細くて短い毛だ。

 それを口にいれる光希。

 まあちょっと気持ち悪いが、肉を食うのに比べればなんてことない、ゴクリと飲み込む。


 その瞬間、由羽愛ゆうあが、


「キャーーーッ!」


 と叫んだ。


「ほんとに食べさせちゃった……あそこの毛を……」


 ミシェルは頬を紅潮させてふふふ、と笑うと、


「……マスター、食ったな……私のあそこの毛を……」


 光希はぞっとして、


「いやまて、あそこの毛ってなんだ、あそこってどこだ。……まさか!?」


 そこにツバキがため息を付いていう。


「どこでもいいよ、ちょっとなんかの液ついてたからいい味付けになっただろ。ほら、鼓動の剣を発動させろ」

「うえー、ぺっぺっ……。ここで鼓動の剣を出すのか? まあいいけど……」


 ツバキはニヤリと笑っていった。


「お前、前に猫の刀身を出していたな?」

「それがどうした?」

「猫が可能なら……人間も可能だってことだ」

「………………あっ!!!!!」


     ★


 光希の目の前には、凛音がいた。

 たしかに凛音だった。

 死んだときと同じ服装をしている。


「あはー、こういう手があったかー。柄がお尻からはえてるんだけど……尻尾みたいでかわいい! ミシェルとおそろいだねっ」


 管楽器のように心地よいその声は、たしかに凛音のものだった。

 さらさらの長い髪、透き通るような肌、太陽のような笑顔。

 たしかに、凛音がそこにいた。


「凛音……」

「えへへー、光希、ひさしぶりっ! ってのもおかしいね、えへへー」


 ツバキは得意げに言う。


「で、ピルプロンクリスタルはイギリスのダンジョンに住み着く魔女が持っている。どうにかして手に入れるといいさ。あれは魔法やスキルの固定化ができる冥界の秘宝だ、そんなのを持っている魔女と戦おうなんてのはおすすめしない。交渉してみるがいいさ。なにかとんでもない対価を要求されるとは思うが。そしたら、凛音は地上でもその姿のままでいられる。生き返ったのと一緒だろ? ちなみに光希の魂の力でできているから年はとらない。あと光希が死ぬと凛音もその身体を失うことになるな」


「素敵! 死が二人をわかつまで、私達はずっと一緒ってことだね!」

「相変わらず前向きだな、お前は……。まあ、そういうやつだけどな、お前は」

「えへへへー。あとこの身体、元の身体よりちょっとプロポーションがよくなってる気がする……こことかこんなに大きくなかったよ? 光希、そんなふうに私を見ていたんだねー」

「…………いや、いや、そ、そのままのはずだ……」

「まあいいよ、えへへ!」


 凛音は満面の笑みで光希に抱きついてきた。

 魂の力でできているその体にはたしかに心臓まであって、血流が巡っていて、暖かかった。

 ぎゅっと凛音が光希の身体を抱きしめてくる。

 光希も抱きしめ返した。


 深い輝きをたたえたその瞳で光希を見つめて、凛音は言った。


「ありがとね……。いろいろ、ありがと」

「ああ。いや、いまからピルプロンクリスタルを手に入れなきゃな。必ず、手に入れるからな」

「うん、ありがと! そしたら、そのあと……」

「ああ、沖縄旅行だろ?」

「うん!」


 そして二人抱き合って、見つめ合い。


 ゆっくりと顔を近づけて。


 愛情のこもったキスを交わしたのであった。


「はあ、はあ、はあ、私のあそこの毛を食べた口でマスターが凛音とキスをしている……」


 ミシェルがそう言い、


「うえええ……素敵なキスなのに、それを聞いちゃったら素直にそう思えない自分がいるよ……」


 由羽愛ゆうあがなんともいえぬ顔でその光景を見ていたのであった。


 二人の、いや、ざ・ばいりんぎゃるずの探索は、これからもまだ続く。



                              【完】



――――――――――――――――

お読みいただきましてありがとうございました!

私の今年の夏はこの作品とともにありました。

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