第44話 ヴェレンディ
一気飲みしたウォッカが喉を焼く。
ヴェレンディは、今日も酩酊の中にいた。
彼女が座っているのは豪華な玉座である。
以前、彼女に求婚してきた冥界の悪魔から送られたものだ。
もちろん、その悪魔は殺した。
重力魔法でぺちゃんこにしてやった、巨大な山羊のような姿をしたやつだったが、ヴェレンディの手にかかればベニヤ板よりも薄い間抜けな姿になった。
その時のことを思い出してふっと笑う。
持っていたグラスを掲げる。
控えていた女の死体がウォッカをなみなみとヴェレンディのグラスに注いた。
ヴェレンディは死霊術師である。
ありとあらゆるものの死体を自在に操れるのはもちろん、自立した行動をさせることもできる。
死体にもとの魂の残渣があればその魂の生前の行動を模倣させることもできるのである。
最近手に入れたこの死体には魂の残渣がなかったが、しかし美しいのでお気に入りだった。
独自の行動プログラムを組んで注入してある。
若い女性の死体だった。
希少なアイテムである魔道士のローブを身に着けている。
元は高名な魔術師だったのだろう。
心臓が破壊されて死んでいる。
最終破壊魔法の副作用だ。
馬鹿なやつだ、自分の命を失うこと前提の魔法など、存在意義がないではないか。
こいつの仲間が寝袋にいれて死体を放置していたので、操って自分の操り人形の一人としているのだ。
「生きてこそ、酒が飲めるってもんでしょーが」
女の死体が注いだウォッカを再び飲み干す。
アルコールが全身に染み渡る。
酔いだけが彼女の恋人であった。
もともとは弱小の悪魔だったヴェレンディは、千年を越える研鑽を経て、ついに世界の頂きが見えるほどの強さを手に入れた。
だが強すぎる力は彼女の悪魔としての生をつまらないものにした。
強さを目指して修行していたころの高揚感はとうにない。
もはや彼女に戦いを挑んでくるようなやつは、悪魔にすらいなくなった。
かといってヴェレンディは自分の命を賭してまでも神や大悪魔に挑もうという気もなかった。
死を操る彼女は、死を操りすぎることで、自分自身の生については強い執着をもち始めてしまっていたのだ。
ここまでの強さを手に入れたのだ、あとはのんびり生きれば良い。
いまさら、リスクを冒してまでより強い敵を求めるという気にもならない。
「おい、おかわり」
ヴェレンディの声に答えて、女の死体はまたウォッカをグラスに注ぐ。
「最後に苦戦したのはもう35年も前か……」
そう呟いて、ヴェレンディはパチンと指を弾いた。
すると目の前に中に浮かぶモニターのようなものが表れ出て、そこに映像が映し出される。
見えるのは、人間の男が一人と、子どもが一人。そしてワーラビットと……見覚えのある、小柄な体型の女。
魔女、と言われたら誰でも思いつくような典型的な魔女の格好をした、とんがり帽子の女だ。
「ツバキ……お前は強かったよ……正直、あのときは危なかった……。まだ魂がこの世にいるとはね。しぶとすぎるでしょー」
ヴェレンディが自分の命の危険を感じるほどの強敵、35年前に殺したはずの女の魂。
霊体となってもなお、恨みをもって自分を殺しにくるらしい。
「おい、ビンごとよこせ」
女の死体が渡してきたウォッカのビンに直接口をつけ、ラッパ飲みする。
コッ、コッ、コッ、という喉のなる音とともにビンの中のウォッカがあっという間に空になった。
「この私を最後に恐怖させた女……。死体を手に入れてやろうと思ったのに失敗しちゃったしなー。あのときは私の魔力も尽きかけていたし、ああするしかなかったからなー。ま、無事幽霊になっているんだからいいでしょ。なあ、お前もそう思うだろ?」
女の死体に話しかける。
死体は無表情のまま、コクンとうなづいた。
ヴェレンディはそれを見て満足げな笑みを浮かべ、
「とはいっても。こいつら放置してるとリスクはあるでしょ。なにしろ霊体とはいえ、あのツバキだからなー。……ふふふ、こっちから仕掛けてやるか。おい、酔い醒ましに軽いのくれ」
ヴェレンディは勢いをつけて立ち上がると、渡されたワインを受取り、それもラッパ飲みで一気に空にした。
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