第40話 あたしの身体、あげます

「んーそりゃ、私みたいに幽霊になりたいってことかい? よせよせ、いいもんじゃないよ、魔力の出力がめちゃくちゃ落ちるし」


 ツバキがおどけてそう言うが、由羽愛ゆうあはかぶりを振って答える。


「いいえ。そうじゃないんです……。私は、消えたいの。この世から。お姉さん、あたし、別にあたしの身体をお姉さんにあげたっていい。凛音さんにあげてもいい。でもなるべく誰かの役にたって、それから消えたい……」


「ははは! なるほど、光希、君たちが命を賭して助けに来た女の子はなんと自殺志願者だったよ。ふふふ、私は魔女になってでも長生きしたかったから、その気持ちはわからんけどね」


「あたし、『入れ物コンテナオブソウル』になってもいい。お姉さん、本当にあたしがお姉さんの入れ物になれるなら、お姉さん、あたしの身体をあげます」


「おいおいやめとけ、その魔女に冗談は通じないかもしれないぞ」


 光希の言葉にも由羽愛ゆうあは引かない。

 カメラはこちらを映していない、お尻を振っているミシェルを捉えている。

 それをちらりと見ると由羽愛ゆうあは硬い表情で言う。


「『入れ物コンテナオブソウル』の話を聞いたとき、あたし、思っちゃったんです。ああ、あたし、ぴったりじゃん、って。うまくいえないけど、誰かの魂が入るためにあたしが生まれてきたんだって」


 由羽愛ゆうあは続けて言う。


「あたしのお父さんとお母さん、若い頃は探索者だったんです。それこそ、SSS級の探索者になって有名になりたかったって。でも、なれなかった。多分、才能がなかったんです。それなのに、生まれてきたあたしにはこの副唇の才能があって、剣のセンスもそこそこあった……」


 とその時、突然ツバキが大きな声で言った。


「よく気づいた! 素晴らしい、十歳の理解力じゃないね。偉いよ。私も言っただろ、親というのは子どもからの無償の愛に育てられて初めて親になるんだ。それまではただのオスとメスさ。あのね、探索者なんていつ死んでもおかしくない職業だ。恐怖遺伝子がバグっているか、死にたいやつしかならない職業だ」


 それを聞いて、光希も心の中で頷いた。

 そう、光希自身、いつ死んでもいいと思いながら探索者をやってきたのだ。

 大切な人――凛音に出会うまで、ほとんど自殺に近い気持ちでダンジョンに潜ってきた。

 それを考えると――。


「まあ確かに、由羽愛ゆうあの両親はなにを考えていたんだろうな。ダンジョンの探索者だなんて、愛娘まなむすめには絶対なってほしくない職業だ」


 光希の言葉に由羽愛ゆうあは少し震える声で答える。


「だから、あたしは愛娘まなむすめじゃないんだと思います……うまく言えないけど……」


 霊体のツバキがふわっと由羽愛ゆうあの隣に降り立ち、その小さな肩を抱いた。

 ツバキだって華奢な体型をしているから、まるで子ども同士が肩を組んでいるみたいに見えた。


「よし、私が言語化してあげよう。由羽愛ゆうあ、君の両親は君を愛してなんかいない」


 その言葉に、由羽愛ゆうあは俯いて唇を噛んだ。


「だってそうだろう、いつ死んでもおかしくないダンジョン探索なんてものを、三歳の子どもにさせるか普通? だから、由羽愛ゆうあ、君がさっき言ってたのは正解だ、君は『入れ物コンテナオブソウル』だ」


「『入れ物コンテナオブソウル』……」


「そう両親の、二度目の人生のね。君の両親が愛しているのは自分自身だ。子どもである君を使って、人生をやりなおそうとしている。満たされなかった自分の人生の欲望を君というキャラクターを操作して満たそうとしてる。君はゲームのキャラクター、操作しているのが両親ってわけだ。だから、君はさっき、自分で自分を入れ物がぴったりっていったんだ。愛情を注がれるはずの君の人生にはなにも注がれなかった。ただ、その身体を使って両親がゲームをしてるだけさ。すごいね、そういうことに気づくのは普通、大人になってからだよ。君の年齢でそれに気づくとは、由羽愛ゆうあ、君はやはり天才だ」


「えへへ、ありがとうございます。お姉さん、ヴェレンディを倒せたら、そのあとあたしの身体、あげます。だって、生きるのって、楽しくない。生きるのが楽しい人があたしの身体を必要なら、あげます」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る