第33話 ゲロイン2号
地下15階にしては弱い敵のはずだった。
SSS級ダンジョンの最下層で出会う敵の中では最弱といっても良かった。
ジャイアントポイズントード。
その名の通り、毒を持った巨大なカエルだ。
全長は3メートル。
カエルとしてはかなりでかい。
とはいっても所詮はカエル、その皮膚は柔らかく、防御力は低い。
そして、攻撃力も大したことがない。
せいぜい、その長い舌を伸ばして突いてくるか、毒のツバを吐いてくる程度で、毒もそれほどの脅威となるレベルのものでもないし、光希ほどの剣技があれば軽くいなせるものであった。
実際、そのとおりではあった。
今回光希が引いた刀身ガチャはマジカルシェルブレイカー。
黒光りするその刀身はごく普通の金属に見えるが、実際は光希自身の魔力を消費して敵の皮膚や筋肉や骨の強度を限りなく弱くする効果があった。
それだけではなく、身につけている防具にもその効果は及ぶ。
ほんとうのところ、ジャイアントポイズントードのようなもともと防御力の低い敵にはあまり意味のない刀身であったが、それでも素の実力が高い光希にとって、巨大なカエルのモンスター自体は特に問題にならない相手だった。
事実、光希の一振りで、ジャイアントポイズントードは真っ二つになって死んだ。
だが。
問題は。
その弱い相手が一匹ではなかったことだ。
「これは、参ったな……」
ミシェルが焦ったような声を出す。
「ひゃーはっはっは!! キモいキモいキモい!!! サイコー!!!」
霊体のツバキが手を叩いて喜んでいる。
くそ、自分は戦闘に参加しないからって無邪気に喜びやがって、と光希は思った。
この光景のどこに喜ぶ要素があるというのだ。
なぜなら。
ジャイアントポイズントードは広い玄室いっぱいに、数十匹いたからだ。
10メートル×10メートルほどの玄室いっぱいに、巨大なカエルが満員電車のようにひしめき合っている。
あまりに過密すぎて、となりにおされて少しひしゃげているカエルもいるほどだ。
「おい、ツバキ、他に道はないのか?」
「悪いね、ここは一本道で迂回路がないんだ、こいつらを倒さなきゃ先には進めないよ?」
ペッ、ペッ、ペッ、とジャイアントポイズントードたちは次から次にツバを吐いてくる。
ツバは見るからに毒らしい紫色をしていて、しかも臭い。
「くそ、ミシェル、
爆笑しているツバキを横目に光希がそう叫ぶ。
「ああ、それしかないみたいだな、マスター」
「はい、私も頑張ります!」
三人がかりでカエルの化け物どもを斬り伏せていく。
難なく敵モンスター全部を殺した頃には、光希たちは全員、紫色をした毒のツバでベトベトになっていた。
毒の威力は弱いものだつた。
ジワジワと皮膚を溶かしていく種類のものだったが、それも
問題は。
解毒の魔法は毒を無効化するものであって。
ツバそのものを消し去るものではないのである。
カエルの死骸の山を踏み越えて玄室のドアの向こうへと行き、お互いがお互いを見る。
あまりにもひどい光景だった。
臭くてネバネバの紫色の粘液が、三人を覆い尽くしてまるでスライムが三匹、そこにいるようであった。
「……まあ、だれもダメージを負わなかったようだな」
「あははは、面白かったー。やっぱりキモいのはいいねえ。私、集合体大好き病だからあのカエルの大群、見るだけでイキそうになったよ。さ、行こうか。ヴェレンディのいる場所ももう近いよ」
「待て」
「ん? なんだい、光希」
「頼む、待ってくれ……。正直、こんな状態でラスボス戦に突入したくない。頼む。頼むから、これ、この臭いやつ、どうにかできないか?」
ミシェルもそれに同調して、
「マスターの言うとおりだ。これで戦えというのか? 正直、気持ち悪すぎて戦闘力が9割落ちている体感がするぞ……。この、なんともいえぬ臭い……あ、やばい、やばやばばばおろろろろろろろろろろ」
「カメラオフ」
危ないところであった。
音声認識でカメラを止めなければ、もう少しでとんでもない光景を全世界配信するころであったのだ。
:闇の執行者〈またゲロインになってしまった〉
:薄紅〈おい画面が暗闇だぞ〉
:ハンマーカール〈真っ暗だ〉
:ルクレくん〈おい! とんでもないモンスターがきたぞ! あ、スマホに写った俺の顔だったわ〉
:きジムナー〈すげえな、こう考えるととんでもないデバフ能力があるな、あのカエル〉
「う……おえっぷ……けろろろろろろ」
:monica〈このかわいい嘔吐の音は……〉
:カレンダー〈カメラオフはいい仕事だったな〉
:闇の執行者〈ゲロイン2号〉
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