第23話 魔女にもなれる

 巨大な生物が、こちらへと向かってくる。

 それがわかったのは、床を伝わってくる、ズシン、ズシンという地響きのせいだった。

 通路の角の向こう側から、なにかがやってくるのだ。


 光希は剣の柄を握りしめる。

 ミシェルも腰を落とし、二本のレイピアを両手に持って臨戦態勢に入った。


「あ、あたしも……」


 由羽愛ゆうあも剣を手に取る。

 彼女が持っているのはセラフィムソードと呼ばれる一級品の剣である。

 祖父から譲り受けたレアウェポン。

 その刃が魔なる存在に触れると、聖なる力が敵の肉を焼き血を浄化する。

 そもそも子どもが扱えるような代物ではない。


 たが由羽愛ゆうあはただの子どもではなかった。

 天賦の才を持って生まれ、3歳の頃から探索者としての英才教育を受けてきたのである。

 小学生の由羽愛ゆうあにはその剣は長すぎて重すぎた。

 だがしかし、彼女はその剣を振るって今まで数多くのモンスターを屠ってきたのだ。

 本来片手剣であるそれを由羽愛ゆうあは両手に握りしめる。

 深層階のモンスターは一撃で命を刈りにくる。

 天才といえど小学生、討伐難易度が高いモンスター相手には、これまでは大勢の大人たちに守られながら戦ってきた。

 

 だが今回はいびつな三人パーティで最深階のモンスターと対峙しなければならないのだ、さすがの由羽愛ゆうあも緊張で顔を真っ青にしている。


 そんな由羽愛ゆうあを見て、戦闘に参加させて大丈夫だろうか、と光希は思った。

 ここは地下十五階。

 小学生にとっては前衛を務めるのは危険すぎると思われた。


由羽愛ゆうあ、下がっていてくれ」


 光希は由羽愛ゆうあに声をかけた。


「……え?」

「前衛は俺とミシェルが務める。お前は後方から支援を頼む。役割分担だ、いまはそうしてくれ」


「でも、私も戦えます!」


 由羽愛ゆうあがムキになったように言う。 


「違うね」


 ツバキの静かな声。


 一目見ただけでそいつの能力がわかる、と豪語する元魔女は、由羽愛ゆうあの才能を本人よりも父母よりも正確に見抜いていた。


「剣じゃない、魔法を使え!」

「え……! お姉さん……?」


「お前の身体はまだ未成熟だよ。低レベルモンスターなら倒せてきただろう。だが、ここは地下十五階、深層階だ。ここででくわすような真に強いモンスター相手に剣で戦うには、まだお前の身体能力が追いついていないのさ」


:Kokoro〈まあたしかに非力だもんな〉

:ペケポンポン〈由羽愛ゆうあちゃんはダンジョンアルパインスタイルを貫く聖剣士だぞ!?〉

:時計〈ダンジョンアルパインスタイルって敵との戦いは極力避けるスタイルだしなあ〉


由羽愛ゆうあ、お前は今は魔法の道を行け。元魔女である私が教えてあげられるぞ? そうしたら歴史に残る魔法の使い手になれる。鍛え続ければ魔女にもなれる。 それだけの才がある。剣は実戦には早い、しまっておけ」


 由羽愛ゆうあは迷った表情を見せた。

 だが光希としてもそちらのほうがありがたい、と思った。


 聖剣士といえど小学生を前衛に立たせたくない。


由羽愛ゆうあ、言う通りにしろ。後方から支援してくれ。できるだけ下がるんだ。でもバックアタックには気をつけろよ、ツバキも見ていてくれ」

「あいよ」


 呑気な返事を返すツバキ。


 命のかかっているこの場面、由羽愛ゆうあは固い表情のまま頷いた。

 アドバイスしてくれているのはみな、由羽愛ゆうあよりもはるかに経験豊富な人間なのである。


 そして、羽原はねはら由羽愛ゆうあという少女は、大人の言うなりになることに、あまりにも慣れすぎていたのだった。

 というよりも、その他の生き方を知らない少女だった。


 由羽愛ゆうあは剣を鞘におさめる。

 同時に左手を前に突き出した。


「ぐぅぅぅぅ……」


 精神を集中すると、由羽愛ゆうあの手のひらにはもう一つの人間の口が現れる。


 これで、呪文の同時二重詠唱が可能になるのである。


「そうそう、それでいい。由羽愛ゆうあ、お前のその能力は本当に素晴らしいと思うよ」


 ツバキが満足げに言った。


 ミシェルと光希は一歩前に出て、モンスターを待ち構える。


 そして。


 ついに、そいつが、のそっと顔を出した。

 それを見た途端、光希の背筋に冷たいものが流れる。

 やばい、こいつは……。


 あまりにも普通にやってきたので、光輝は一瞬、ただの象かと思った。

 もしくはマンモスかなにかのモンスター。

 それとも、カバのモンスターか?

 だが、違った。

 アフリカゾウを二周りも大きくしたようなサイズの四足歩行、そしてマンモスのような二本の牙。

 だがゾウやマンモスのような長い鼻はない。

 ゾウそっくりのキバを持つその頭部はしかし、ゾウとは似ても似つかぬ、猫科の猛獣のような顔をしていた。

 その赤い瞳が凶暴にぎらついている。


「グ、グオオオオオォォォ……!」


 そいつが雄叫びをあげると、そいつの全身をオーラのような青い炎がぶわっと包んだ。


「ちっ、さすが地下十五階だな……」

「マスター、ガチャを引いてくれ。いいのを頼むぞ」

「へへへー、こいつは大物だねえ」


 それぞれが言葉を発する。

 由羽愛ゆうあはそのモンスターの姿を見ただけで、恐怖で動けなくなっていた。


:エージ〈ベヒモスじゃねーか!〉

:みかか〈やばい、討伐難易度Lv40超え〉

:ビビー〈【悲報】ラスボスクラス到来★ もう終わり〉

:Kokoro〈由羽愛ちゃんがんばれ!〉

:リャンペコちゃん〈梨本光希ならやれる〉

:ハンマーカール〈魔法耐性があるぞ、攻撃魔法はほとんど効かない〉

:ベベベンボー〈物理でごりおせ!〉

:光の戦士〈とにかく物理で殴れ!〉


 コメント欄を横目で見ながら、光希は叫んだ。


具現せよ、わが魂の刃Embody the blade of my soul!!!!」

 

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