第16話 天才少女

 身長140センチ、華奢な身体をした十歳の少女が、似つかわしくない防具を身に着け、小さな身体には長すぎる剣を握ってそこに立っていた。

 目に光はなく、長い黒髪が粘液が流れることで生じる風に揺らめいていた。

 わずか三歳のころから探索者としてエリート教育を受けてきた彼女は、聖剣士と呼ばれる域までそのスキルを磨き上げてきた。


 羽原はねはら由羽愛ゆうあが剣を握るのを光希は見た。


「剣じゃない、解呪ディスペルだ!」


 はっと顔をあげて光希を見る由羽愛ゆうあ


「梨本光希……ミシェル……」


 SSS級探索者として名高い光希、そして光希が使役テイムしたモンスターであるミシェル。

 二人とも探索者の間では有名人であるといえる。

 同じ探索者の卵である由羽愛ゆうあが知らないはずがなかった。

 すぐに状況を察したのであろう由羽愛ゆうあは、左の手のひらをツバキに向け、詠唱を開始した。


「偉大なる大地の力はすべてを土に帰す。大地は安らかに汝を包んでくれるだろう――」

「させるかあ!」


 ツバキが由羽愛ゆうあに向かおうとするその直ぐ目の前に、ミシェルが跳躍してきた。


「邪魔だ、くそウサギがっ! すべて醜き肉を、すべて美しき彫刻に!『凍結石化フリーズストナライズ』!!!!」


 強力な魔法弾がミシェルの顔面に襲いかかる。

 すべてを凍てつく石像に変えてしまう魔法。

 直撃すれば終わりだった。


「ぬおっ!」


 ミシェルは上体を弓のようにしならせて魔法弾を避ける。

 だがそのわずかな時間でツバキは距離を詰めてきて――。


「終わりだっ! 『凍結石化フリーズストナライズ』!!」


 ミシェルの目の前1メートルの地点から発射されたそれを、よけるすべなどなかった。

 その魔法弾はミシェルを美しいワーラビットの彫刻へと変えるだろう。

 自分の生の終わりを見極めようとしているのか、ミシェルは魔法弾をただじっと見つめていた。


 だが。


「おらぁ!」


 魔法がミシェルに到達するその0.01秒前。

 光希がメルティングソードを魔法弾に振り下ろしていた。

 魔法は有機物ではない。

 魔法粒子の一種でできているが、ツバキの霊体のようにそこに魂が宿っているわけではないからだ。

 だから。

 メルティングソードの直撃を受けたそれは、瞬時に粘液となってべちゃっとミシェルの全身にふりそそいだ。

 もちろん、この状態では魔法の効果も失われている。

 ミシェルは粘液まみれにはなったが、いかなるダメージも受けていない。


:aripa〈すげえ、なんとかした〉

:冷凍焼きおにぎり〈こんな使い方もあるのか、強すぎだろ梨本光希〉

:ビビー〈ジャパニーズBUKKAKEや!〉

:コロッケ台風〈エッ〉


「邪魔だ!」


 ツバキは裏拳を光希に叩きつける。

 光希はそれを右腕でガードする。

 骨が折れたかと思うほどの衝撃だ。

 その間にも由羽愛ゆうあは解呪の呪法を続けている。


 解呪とは、魔法とは別の聖なる力を利用して邪悪な幽霊やゾンビなどを自然に返すスキルである。

 聖職者と呼ばれる専門家だけが持つ特別なスキルだが、由羽愛ゆうあは聖剣士なのだ。

 聖剣士とは、剣士としての能力に加え、聖職者としての能力も備えたものに与えられる称号であった。

 いま彼女が使おうとしているのは大地の自然力を使ってさまよえる魂を消滅させる呪法である。

 わずか十歳で聖剣士と呼ばれるまでに成長した由羽愛ゆうあは、まさに天才と呼ばれるにふさわしかった。


「だが! たかが解呪ごときでこの元魔女たる私の魂を消しされると思うなよ!」


 しかし、由羽愛ゆうあが天才少女と呼ばれる所以はただそれだけではなかった。


 由羽愛ゆうあは大地の力を使った解呪の詠唱を終えると、一度息を大きく吐き、


「はぁぁぁぁぁ!」


 と気合を入れた。

 すると、由羽愛ゆうあのかわいらしい小さな手のひらが、ミシミシッ! という音を立ててまるでナイフで切りつけられた傷のようにパックリと割れた。


 十歳の美少女、彼女が差し出した手のひらに、ふさわしくないほどおぞましいものが出現していた。

 それは、人間の口だった。

 ぷっくりとした唇、綺麗に生え揃った白い歯、ゾクッとするほどビビッドなピンク色の舌。

 そしてそれが、少女の身体から発せられるとは思えないほど低い声で、別の詠唱を始めたのだった。


「かしこみかしこみ申す。掛けまくも畏きおおみかみ。常世の闇を祓い、清浄なる光を招き給え。穢れを祓い給え!」


 一つの魂を持つ一人の人間が、2つの口を使って二種類の別な詠唱を行う。

 人類史上唯一と言われる特異なスキルであった。

 この能力をもって、三歳のころから世間を騒がせる天才少女と呼ばれていたのだ。


「させるか! わが魔力よ、敵を屠る槌となってすべてを破壊せよ! 滅殺鋼球キラースティール!」


 ツバキが魔法を発動させるわずか数秒前。

 そのときにはすでに光希が刀身を出現させてから297秒が経過していた。

 すなわち、次のガチャを引くときがやってきていたのだ。

 両腕にはもはや力が入らないが、やるしかない。


具現せよ、わが魂の刃Embody the blade of my soul!!」


 光希の握った柄から新たな刀身が表れ出る。

 それは、50センチほどのごく細い鎖の先に繋がれた直径20センチほどの青い輝きを放つ光の玉。

 悪くない。

 いや、ベストだとも言えた。


「ぐおおおおおおおおっ!」


 光希こうきはその光の玉をヒュンヒュンと鎖鎌のように振り回す。

 そして勢いをつけて振り抜いた。

 投石機の要領で光の玉が鎖から離れて鉄球へと向かっていく。

 そのスピードはプロ野球のピッチャーの投球速度を越えているだろう。

 そしてそれが金属球に触れた途端――。


 ドォォォォンッ! という音ともにそれは爆発した。


 魔法粒子でできた爆弾を放つ刀身である。


 金属球の一部が欠けるほどの威力、そしてそれは金属球の軌道を変えて由羽愛ゆうあの横数メートルの床に激突した。


 由羽愛ゆうあはそんな衝撃音に顔色ひとつ変えずに叫んだ。


解呪ディスペル!!」


 大地の解呪と八百万の神の力による解呪。

 目に見えないその二つの力は一つの魂と二つの口から同時に発せられた詠唱により活性化され、そしてツバキの霊体を直撃した。

 ツバキは、


「あっ……」


 という間抜けな声だけを残してその場で消滅した。

 魂を失った魔法粒子は四散して霊体としてのかたちをとどめていられなくなる。

 それはダンジョン内を照らす薄暗い明かりに反射して、キラキラと輝きながらやがて消え去った。


 光希は闘いがついに終わったことを確信する。

 彼の脳内を満たしていたアドレナリンが急速に消え去り、左肩と右腕の痛みにうめいた。


 由羽愛ゆうあは呆然とした表情でそこに立ち尽くしている。

 そしてポツリとつぶやいた。


「なーんだ。まだ私、死ねてないじゃん……」




















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