第15話 今だ!

 ツバキは満面の笑みを浮かべ、大きく口を開けた。

 幼い少女の、残酷で無垢なる笑顔。

 そしてツバキは叫んだ。


「キィィィヤァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」


 ツバキの発した声は音波となって空気を振動させた。

 それは光希の放出した衝撃波の魔法と原理はほぼ同じである。

 衝撃波と音波はぶつかり合い、相殺される。

 その間にも光希はツバキに向かって全力ダッシュする。

 ツバキはその光希を見て、心の底から嬉しそうな表情を見せて言った。


「魔女をなんだと思っていた?」


 かまわず光希はツバキの身体を抑え込むために跳躍する。

 その光希に向けてツバキは両の手を握りしめ、ファイティングポーズを取った。


「お前はまさか魔女を――か弱き魔法使いと一緒だと思ったか?」


 ツバキに掴みかかろうとする光希、だが――。


「シュッ!」


 彼女は左の拳でパンチを放つ。

 ただのパンチではなかった。

 その腕は数メートルも伸び、飛びかかろうとした光希の顎を正確に捉えようとした。


「くっ!」


 なんとか腕でガードする、だが光希の身体はその勢いのままにふっとばされた。

 光希は床に左肩から激突する。

 鋭い痛みが走った。

 ――これは、折れたな。

 なんとか立ち上がるも、左肩から先にはもう力も入らない。

 左腕がぷらーんとぶら下がる。

 光希は痛みに耐えながら残った右腕だけでメルティングソードを握る。


「いやーフィジカルも鍛えてないと魔女なんてやってられないんだよね、まあ霊体なんだけどさ。フフ」


 くそ、隙のない奴だ。


「この剣でお前の霊体を溶かしてやるさ」


「噓だね。その剣は、私の霊体を斬れない。有機物を斬れない剣だ、そうだろう? そして魂のある霊体は有機物だ」

「全部お見通しってわけか」

「そうさ、だがお前も面白いスキル持ちだ、殺しはしないよ。そのスキルには使い道がありそうだ。まあ、今のお前にはもう戦闘能力は残っていないだろう。まずはあのウサギを殺してやるよ」


 ツバキはチラッとミシェルの方に視線をやる。


 そんな些細なスキすら光希は見逃さなかった。

 瞬間、光希は床を蹴って跳躍する。それに合わせてミシェルも飛び跳ねた。

 ツバキはもはや光希を脅威とは見なしていないようで、ミシェルに向かって拳を握る。

 光希は片手で剣を振りかぶり――ツバキではなく、その頭上の天井に刀身を突き刺した。

 途端に天井はドロドロに溶けて大量の粘液となり、滝のように光希とツバキに降り注ぐ。

 メルティングソードはダンジョンを形作る石材を溶かし続け、大量の粘液が光希とツバキを包む。

 粘液は床に落ちると川のように流れていく。数分もすればまた固まるだろう。

 粘液は粘液に過ぎず、それをかぶったとて特にダメージがあるわけではない。

 だが。

 光希の狙いはそれではなかった。

 ほんの少しでもツバキの気をそらせればそれでよかった。

 光希はパーティを組んでダンジョンを攻略することを続けてきた探索者である。

 たった一人でダンジョン攻略を行うダンジョン・アルパインスタイルとは真逆の方法をとるタイプなのだ。

 ”ざ・ばいりんぎゃるず”などと冗談のような名前のパーティはしかし、日本有数と言われるSSS級のパーティとして知られていた。

 そのパーティのリーダーを努めていたのが光希なのである。

 だから、常に仲間の戦力を分析し、敵の能力を見極め、自分だけではなく仲間の力を最大限に引き出し敵の弱点をつく。

 それに長けているのが梨本光希という人物であった。


 そして。

 ツバキはひとつ、見落としていた。

 ここには光希とミシェルの他にもうひとり、戦力となるはずの人物がいた。

 ツバキを最も脅かすスキルを持つであろう人物が。

 光希は叫んだ。


「今だ! 由羽愛ゆうあぁぁぁぁぁ!! 解呪ディスペルしろぉ!」



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