第12話 信頼していない瞬間などなかった

「まだやるさ」


 光希は言った。


「その女の子を助けに来たんだ。それが仲間との約束だからな」

「ならそれがいいよ、やるだけやって死ねばいい……いや、死ねればいいね。凍結石化してあげるよ、永遠にこのダンジョンを飾る石像となるもいい」

「ところで、お前は日本人なのか? ササノ・ツバキ……いつの時代の人間だ? 江戸時代? 戦国時代? それよりもっと前か? 元とはいえ、魔女様と会話できているんだ、もっと話が聞きたいところなんだが」

「はっはっは! 君は会話が下手だねえ! さぞや女にモテなかったことだろうね。話を引き延ばしたがるということは、時間経過がなにか君たちの利益になるということだよね? じゃ、さっそくいかせてもらうよ、あとで凍結石化した君の石像に話しかけてやるからさ!」


 会話が下手なのは生まれつきだから仕方がない。

 このムチの刀身、ウィップソードの具現化が終わるまであとどのくらいだ?

 一分か、二分か。

 しかし。

 魔女を相手にして一分も持つとは思えない。

 次の刀身ガチャを引くまでの時間稼ぎをしたかったが仕方がない。

 光希とミシェルはツバキに向かって武器を構える。

 光希はムチと化した剣、ミシェルは両手に持った二本のレイピアだ。


「ふふふ。あのね、自らの肉体を失ったこの私にすら苦戦するような実力ではたとえあの女の子を助けられたとしてもさ、あんな子供を連れて生きて帰ることなど無理さ。諦めて帰ればいいのに」

「諦めるくらいならここで死ぬさ」


 ミシェルもうなずいて言う。


「私はマスターに従うまでだ」




 ツバキはにやりと笑って、


「いいね、そういうのは好きだよ。滅殺鋼球キラースティール!!!!」


 またもや空中に金属球が出現する。


「ミシェル」

「なんだ」

「俺を信じろ」

「マスターに使役テイムされて以来、信頼していない瞬間などなかった」

「そうか」


 短い会話だけをかわしたのちに戦闘はすぐに再開した。


「さあ行け、我が滅殺鋼球キラースティール!」


 金属球が光希に向かって飛んでくる。


:みかか〈きたぞ!〉

:冷凍焼きおにぎり〈やっつけてくれーーー!!!〉

:小南江〈お願い、勝ってくださいっす〉

:音速の閃光〈お前なら勝てる! 頑張れ!〉


 光希は金属球をギリギリまでひきつける。

 直撃するまでほんの0.01秒、光希は床を蹴って金属球を避ける。


「はは! いいね、よい動きだ!」


 ツバキは楽しげに笑う。


「だが――。そんな避け方、いつまでできるかな? ほら!」


 金属球はツバキの掛け声とともに空中でピタリを動きを止める。


「あたったら君の身体は血しぶきに変わるよ!? ウサギの方はあとでゆっくりと料理してやる、今日のディナーはウサギ汁だ!」

「いや、そんなにくいたければ、お前にやるよ」


 光希はそういって手首のスナップを効かせ、ムチをしならせる。

 そして、そのムチの刀身をミシェルに向かって振り抜いた。


「!?」


 驚くツバキ、ムチはミシェルの身体にクルクルと巻き付く。


「生のウサギ肉だ、味わってくれ」


 光希はそう言い、


「私はうまいぞ? 特に太ももがな」


 ミシェルがそう言った瞬間。


 光希は床を踏みしめている足の裏に力を込める。

 そして。

 


「おらぁっ!」


 全身のバネを最大限に使って柄を振り抜いた。

 光希の足の裏から始まった力の作用は太もも、腰、脊柱を通って肩から腕、手首、そして柄からムチの刀身へと伝わり、そのたびごとにパワーとスピードを増す。

 ついにはその力がムチの刀身が巻き付いていたミシェルの全身に伝わり――。


「行くぞ、魔女!」


 ミシェルはキューンッ! という甲高い音とともにコマのように回転しながらツバキに向かって飛行を始めた。

 その軌道は予測不可能な曲線を描きながら、しかし確実にツバキの身体へと向かう。


「ま、待て――」


 ツバキは杖で防御姿勢をとるが、ミシェルの片方だけ残った刃のウサギ耳は今やグラインドカッターとなって杖ごとツバキの身体をスパッと上下に真っ二つにした。


「貴様っ!」


 憤怒の表情を見せる元魔女の幽霊少女。

 同時に宙に浮いていた金属球がガコン、と大きな音を立てて床に落ちた。

 ダンジョンの石造りの床がひび割れ、破片が飛んでくる。

 光希はそれをヒョイ、と避けると言った。


「幽霊の身体ってのは魔法粒子でできているもんだが――」


 そして再びムチの剣を振りかぶる。


「高速での攻撃なら物理でも破壊できる」


 ムチの刀身は大きく伸びる。

 バシーンッ! と音速を越えたときに発生するソニックブームの破裂音とともに、ムチの先端がツバキの顔面を打った。

 まるで爆発するかのようにツバキの頭部は破壊され、霧のように空中で消えていく。

 残されたのは具現化された巨大な金属球だけだった。


:見習い回復術師〈すげえな、霊体とはいえ魔女だったやつを倒したぞ〉

:冷凍焼きおにぎり〈連続でこのレベルのモンスターを倒すとかエグいて!〉

:音速の閃光〈倒したー! おけまる水産!〉

:250V〈完勝じゃねえか、二人だけでもいけるもんなんだな〉

:ペケポンポン〈早く由羽愛ゆうあちゃんを助けてあげてくれ!〉


「ふ。さすがマスターだ。やってくれると思ってたぞ」


 ミシェルもふらふらの足取りで光希に声を掛ける。

 片方の耳を失い、もう片方の耳も今は力なく垂れている。よほど力を消耗したのだろう。


「なにを言ってるんだ、やったのはお前だろう、ミシェル? お前の力だ」

「いや、いまのマスターの力だ。なにせ私はマスターの、う、う、う」

「どうした?」

「目が回って気分が……おろろろろろろろろろ」


:闇の執行者〈ゲロイン誕生〉

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