第5話 ダンジョン・アルパインスタイル
モンスターがうごめくダンジョンが数十年前に出現してから、世界の価値観は一変した。
選ばれた才能のある者が探索者としてダンジョンに潜り、モンスターの持つアイテムやダンジョンの奥底に眠る貴重な鉱物を採掘して生活の糧とする。
一部のトップレベルパーティにもなると、難関といわれるダンジョンの深部まで潜り、そしてその様子を小型ドローンで撮影し、リアルタイム配信したり動画を作成したりして投稿する。
それによって莫大な収益が手に入ることもあるが、その死亡率は職業の中では断トツだった。
探索者というだけで一般の生命保険には加入できないくらいである。
そんな危険でエクストリームな探索者という存在が、プロフェッショナルで特別な職業として社会的に認知されていた。
光希とミシェルの周りにも、ドローンが飛んでいて撮影している。
いまこうしてラーメンをすすっている光希のことも全世界で配信されているのだ。
「最初は慣れなかったけど、もういまや日常だな。俺がメシ食ってるとこ見ておもしろいのか……?」
「食事シーンはわりと人気があるんだぞ、マスター。私もマスターが食事しているのを見るのは好きだ。かわいい顔して食べるし。いつまでも見ていられる。それに、私もマスターに食べられたいよ」
ミシェルがじっと光希を見つめながら言う。
あまりに整いすぎて怖いくらいの顔立ち。
冷たさを感じさせるほどの美しさを誇る彼女だが、戦闘中とは違って、今その表情は優しくやわらかい。
さらさらとした長い銀髪、透明感のある白い肌。
光希が咀嚼するのに合わせて兎の耳がピョコピョコ動いている。
:エージ〈こんな美人に食べられたいとか人生で一度でも言われたかった〉
:きジムナー〈モンスターだからか知らんけど、現実感ないほど美人だもんな〉
:見習い回復術師〈しかし食べられたいとかなに言ってるんだこのウサギ草〉
:小南江〈それは性的にって意味すか? それともまじで食われたいんすか〉
「それはどちらの意味にとってもらっても結構だ。マスターのような男に抱かれたいと思うのはメスとして当然の欲求だし、マスターに肉体を食われてマスターのその肉体の一部になれるのなら……それも私はいいと思ってる。どうだ、私は幸運を運ぶウサギの一族だ、私を食べたものは幸運体質になれるんだ。尊敬するマスターになら、私は自分で焚火に飛び込んでもかまわない」
:250V〈俺もミシェルちゃんを食べたい〉
:由香〈私女だけど光希くんに食べられたい〉
:ポッポッポー〈俺男だけど光希を食いたい〉
:パックス〈ミシェルの尻尾のにおいをかぎたい〉
ワーラビットは幸運を運んでくる存在、とは
その肉を食べれば幸運を呼び寄せる体質になる、なんて伝説もあるくらいだ。
ミシェルは真面目なやつだから、自分の肉を食えとか本気で言っているのだろうが、それをちゃかしてくれる馬鹿なコメントを見ると光希はほっとする。
光希はダンジョンの深層階という過酷な条件下で、のんきなコメントを見るのが好きだった。
ちなみに排泄時などセンシティブなシーンは音声認識で簡単に撮影を止めることもできる。
そして。
ダンジョン探索は基本パーティを組んで行うのだが。
それを一人単体で行う、さらに危険なことを行う人物も稀にだがいた。
単独探索者。
オールラウンドなスキルを得、戦闘能力にもサバイバル能力にもたけ、強靭なメンタルをもつ人物。
それが、パーティを組織せず、たった一人で難関ダンジョンの深層階にたどりついて、そして生きて帰る。
登山用語を援用して、ダンジョン・アルパインスタイルと呼ばれる方法だ。
もちろん、一人きりなので基本モンスターとの戦闘は避けることになるが、しかしその難易度の高さから、これに挑戦するものは尊敬と畏怖を人々から集めていた。
そして、日本にもひとり、それを目指す少女がいた。
正確には、本人が本当に目指していたのかどうかはわからない。
彼女の親がそれを望み、そのように教育していたのだ。
名を、
まだ十歳。
両親も探索者出身で、三歳になったばかりの頃からダンジョンの順応をさせられ、探索者としての訓練を課されていた。
そして
『4歳の天才探索者!
などというテレビ番組を組まれ、泣きながら剣の訓練をさせられている彼女の姿を見たことがある国民は多いだろう。
小さな頃からその姿をテレビの特集番組で見ていたので、視聴者たちは自分が親にでもなったつもりでその姿を応援していた。
実際、彼女はかなりの素質に恵まれ、剣士としてのスキル、そして治癒魔法を使う聖職者としてのスキル。その二つを併せ持つ聖剣士というかなりレアなジョブを手に入れていた。
単独でのダンジョン探索に最も向いている職業である。
そしていつの日にか、ソロでダンジョン攻略を成し遂げるという偉業を果たすため、今日も訓練の日々を行っていたのだが――。
その痛ましい事故はテレビ番組のスタッフがいる前で起こったのだった。
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