傲慢な魔術師との悠々自適な魔術学院生活
灰色の鼠
第1話 落ちこぼれな新入生
———白霊暦1030・リグレル王国・魔法都市”グラン・シャリオ魔術学院。
創設300年、最も歴史が古く数々の偉大な魔術師な輩出してきた世界最高峰の名門魔術学院であり、人種、出身(例外:魔族)問わず魔術を学びたいという志を持った者であれば誰でも入学の機会を与えられる学び舎だ。
入学には莫大な費用がかかると思われがちだが、学費全面を王国側が負担するため授業料(一部を除いて)は無償である。
必履修科目の魔術以外に「人文」「自然」「物理」「医療」「法政」「天文」「考古」「歴史」「錬金」など幅広い分野の中から学びたい科目を選択することもでき、必ず一つ選ばなければならない。
学院の在籍期間は5年の単位制で、必要単位数を満たせば卒業が認められる。
学院の土地面積は都市と同じくらい広いため魔法都市と呼ばれ、都市並の広さを持つとなると勉学や生活に必要な施設も充実している。
商業区、工房、研究所、図書館、訓練所。
立ち入りが制限される区画もあるが、学院の生徒なら基本どこでも利用可能である。
どうも初めまして、今年から当学院に在籍することになった一期生の何処にでもいる少女であります。
入学する際に受けたテストで、下から数えた方が早いと同期に馬鹿にされるほどの点数を叩き出し、これといった魔術に関する専門知識を持ち合わせておらず成り行きで学院に通うことになった可哀想な一般生徒です。
ちなみに自慢ではありませんが貴族家系です。
といっても十年しか続いていない新興貴族なので他のお貴族様からすると平民とさほど変わらない下々とのこと。
何故かボクだけ異様に見下してくる連中が多く、ぶっ飛ばしてやりたいという衝動にに駆られながらも、なんとか抑え込みます。
問題を起こしては本末転倒、ボクはまだ新入生なのです。
それに、ボク程度のレベルじゃ返り討ちに遭うのは目に見えています。
そんな魔術が苦手なボクに、父はこう言いました。
『兄に教わるといい。彼は優秀だよ』と。
どうやら学院には、一度も会ったことがないボクの兄という人物が、三期生として在籍しているようです。
し、か、も、入学当初から学年首席を約束されるほどズバ抜けて優秀で、最難関とされる学院のトップの座に一期生から現在に至るまで君臨し続けているとのこと。
なにそのスペックの高さ、本当にボクの兄なのでしょうか?
父は『自慢の息子だ』とウットリしていましたが、逆に私は恐ろしすぎて会いたくありませんでした。
『ふんっ、こんな出来損ないのナメクジが
『ギャーーー!?』
不出来なボクに失望して、髪をかき上げながら魔術で殺しにかかってくる兄を連想してしまう。
ボクとは住んでいる世界が違う完璧な人間。
常に周囲に友達を侍らせて、ギザイ口調で喋ってる、金髪の王子様系かもしれない。
加えて性格が悪い。
恋愛本の読みすぎかもしれないが、こういうパターンは大体そんな感じだ。
(ああ、会いたくない……ああっ……会っいったくねぇっっ!)
悩んでいると職員室に到着してしまった。
学院の校舎内が想像の数百倍広かったため兄の居場所はまだ掴めていない。
先輩方に兄について尋ねようとしたものの、兄の名前を口にするだけで全員が血相を変えて逃げ出してしまう。
なので、もう教員に賭けるしかなかった。
会いたくはないけどね!
「嘘ですよね……こんな離れた場所に建物があるなんて……」
学院の校舎裏には広大な面積の湖があり、それを囲うように森が広がっている。
教員の情報によると、かつて森の中で植物を栽培したり採取して薬品を調合、研究などの活動を行う”薬剤学会”なるものが存在していたらしい。
ところが兄の登場により学会にいた者たちは彼を恐れて、全員が抜けるという悲しい出来事があったらしい。
しかし学院側が融通を利かせて兄一人だけの活動を認め、現在も”薬剤学会”は定期的な成果を上げながら活動を続けているという話だ。
ボクの想像していた兄のイメージとはかけ離れていた。
天才とは凡人には理解できない行動する故に天才なのか、それともただの変人なのか。
「しかし、こんな暗くて湿っていたら誰も近づきませんって……」
進めば進むほど変化していく空気にキナ臭さを感じ、回れ右を何度も試みようとしたのだが、せっかくここまで来たというのにという勿体なさもあり結局進むことにした。
浮遊魔術という高等な魔術さえ使うことができれば一飛びなのに。
「あっ……」
ブツブツと文句を呟いていると一軒、煙突から煙が出ている家が……家なのか?
ようやく発見した家は大樹と一体化しているようななんとも言えない構造をしていた。
表面には苔がそこら中に浮かび上がっており、何処から生えたかも分からないツタが古びた煉瓦造りの壁や屋根のあらゆる箇所に絡まっている。
庭らしき場所も鉢に植えられた植物で埋め尽くされている始末である。
この光景を前にして、ボクの脳が導き出した最適の形容は『魔女の家みたい』だった。
本当に魔女の家だったらボクみたいなか弱い女の子は取って食べられてしまうだろう。
いやいや、学院の敷地内だし生徒に危害を加えるような魔術師の隠れ家があってたまるか。
この家こそ”薬剤学会”が拠点にしていた場所に違いない。
煙突から煙が上がっているし教員の話が本当なら、家の中に兄がいるはずだ。
音を立てないように扉に近づいて、恐る恐るノックをしてみる。
「ど、ど、どなたかいらっしゃいますで、で、でしょうか〜?」
初めて兄と対面するので、緊張で声が震える。
緊張だけではない、彼に対する恐怖もあった。
学院で兄の名前を口にして、いい反応をする人間は一人もいなかった。
もしも兄がボクの思っているよりも凶悪な人間で、会った瞬間に酷いことをされて殺されてしまったらどうしよう。
相手は学院トップクラスの実力で、こちらが反撃しても勝てないだろう。
「……」
中からの返事を待つ。
返事はなくてもノックに気づいて扉を開けるはずだ。
今すぐにでも逃げ出したかったが、これでも貴族の端くれ。
礼儀作法その47、ノックをして逃げるべからずだ。
体がそれを憶えているせいで逃げたくても逃げれなかった。
「……あれ?」
返事どころから中から物音が一切しない。
煙が上がっているということは暖炉に火がついているはずだ。
それを放置して家を留守にしたということなのか?
なんて不用心な兄なのかという失望もあったけど会わずに済むという安堵もあり、元来た道へと回れしようとした瞬間。
ギギギ。
と扉が独りでに開いた。
唐突だったので、驚きのあまり猫みたいに跳ねてしまった。
「え……ええと……」
風で開いたのか? それとも魔術で開けられたのか?
だとすると、これは『入れ』って意味なのかもしれない。
流石にこのまま帰るのは失礼に当たると思ったので、泣く泣くお邪魔するのだった。
とにかく暗い、暗すぎて怖い。
暖炉のおかげで辛うじて部屋を見渡すことができたが、一歩動くと何かにぶつかってしまう。
午刻になったばかりで外はまだ明るいというのに、家中の窓とカーテンを締め切っている。
陰気な森の中に、一軒だけ建っていること自体不気味なのに屋内までこの調子では、そろそろ逃げ出してもいい頃合いなのではと身構える。
ボクでも使える簡単な光属性魔術“
おかげで完璧に内部の全貌を視認することができた。
難しそうな本に羊皮紙の書類、学院で無料配布されてる新聞紙、見たことのない小道具、あらゆる物が机や床などに散らかされていた。
なんて汚い部屋なのだろうか、と声を上げそうになったけど、なんとか抑える。
一応、この家も学院の敷地内にあるので、れっきとした学院の所有している建造物なのに、我が物顔すぎる光景だ。
いや、でも本の内容を見る限り、しっかりと薬剤学についての活動を行っているようだった。
壁に貼られた小さな黒板っぽいのにも、難しい数式や文字列が書かれており、理解はできないが、きっと何かすごい内容なのだろう。
そう、部屋を汚くしてもいい理由が確立されているのだ、悔しいことに。
暖炉がつきっぱなしなのにも納得がいく、兄は天才だけど、きっとだらしのない人なんだ。
留守なら仕方ない、出直すとしよう。
今日は授業がないし真っ直ぐ女子寮に戻って、少しでも授業に追いつけるように苦手な部分を復習して……
「…………え?」
家から出ようとした瞬間、何故か一瞬だけ視界が暗転して、気づいたら無防備にも扉が全開にされている、ある部屋の前に立っていた。
生活に必要な家具が一つも設置されていない。なのに不自然にも、床には複雑な魔法陣が描かれており、その中心には禍々しい本が置かれていた。
危険な匂いがプンプンしてくる。
いつものボクだったら危険を察知して逃げているところだ。
しかし、いつの間にかボクは部屋の中に入っていた、無意識にだ。
(これは……思考を操る感じの魔術……)
謎の本に、吸い寄せられるかのようだった。ただの本ではない、ただならぬ悪意を感じる。
本が意思を持っているなんて、普通はありえないはずだ。
「や……やめっ……」
近づけば近づくほど息苦しさが増していく。
本能が逃げろと強く訴えかけてくるけど、抵抗がしたくてもやはり体が言うことを聞いてくれない。
パリン。
床に描かれた魔法陣を踏むと、硝子が割れるような大きな音が部屋中に響く。
それが引き金になったのか、眼前の本から視界を埋め付くほどの瘴気が溢れ出した。
瘴気は尋常じゃないぐらいに大きく膨れ上がっていく。
見たことも感じたこともない狂気に包まれ、知らない記憶が脳裏に駆け巡る。
燃える豪邸、血に塗れた使用人、錆びたナイフ。
――――誰の記憶だ?
「魔の祖より芽吹きし偉大なる神樹よ、祖の理に仇なす邪気から我らを守護せよ」
狂気に呑まれ苦しみもがくボクは、確かに耳にした。
背後で魔術の詠唱を、さも当然に行う男の声を。
瘴気が晴れていく、心が穏やかに戻っていく、誰なのか。
顔を確認したかったけど、振り返る余裕はなく意識が暗闇に沈んでいった。
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