#9

 キスって……どうしてキスしたら雨月が私の包丁を操作できるっていうんだろうか。


「……キスすればいいの?」

「粘膜接触って言ったら、そうでしょう? それ以外に何があるっていうんですか?」


 確かに……と納得しかけて、いや待って。


「私まだ誰ともしたことないし!」

「私もないよ?」


 そりゃあ双子だし、私がないのに雨月が経験ありだったらちょっと泣いちゃうかも。


「な……何を今更照れてるんですか!? さっきまでもっとすごいことやってたでしょ!?」

「そういう問題じゃなくてね!?」


 エレノアがやんややんや言ってくるけど、正直ファーストキスは大事にしたいというか。


「というか、そもそも粘膜ってどこのこと!?」

「それは、あの……」


 エレノアもさすがに言い淀む。


「……口の中?」


 雨月がぽつりとつぶやく。ドラゴンがバテているのか少しだけ動きが緩慢になっている。だから雨月のいつものしゃべりでも普通に聞き取れる。


「マジで!?」

「だから、早くしてくださいってば!!」

「急かさないでよ。ベロチューってことでしょ? やり方わかんないよ。エレノアのはしたことあるの?」

「な、な……な、ないですよ!! 私、これでも貴族ですからね!?」


 なんでそこで強気に出たのかはちょっと分からないけど、瀕死とはいえドラゴンを前になんて緊張感のないやり取りなのだろうか。


「グルルルルゥウウウッ!!」


 ドラゴンが咆哮する。流石に自動回復とかそういうのはなさそうだけど、あんまり放置するのもまずい気がする。


「私、分かる。漫画で見たことあるし」


 雨月が私の目をじっと見てそう言った。私とほぼ同じ顔だけど、少しだけたれ目、私より家にいる時間が長い分日焼けもしてない。現実離れした環境にいるせいか、普段よりもずっと可愛く見える。


「う、雨月なら……いいよ」

「私も、晴日だから。ファーストキス、あげたい。……エレノア、ドラゴンの動きを止めて」

「さらっと無茶を言わないでください!」


 慌てて杖をぎゅっと抱き寄せるエレノア。けど、私の最愛の妹はいつも通りの冷静さだった。


「あんなに弱ってるドラゴンなんだから、大丈夫。エレノアならできるよ」

「あんまり長い時間は期待しないでくださいね。――聖なる鎖よ悪しき者に戒めを! ディバインチェイン!!」


 杖の下端を地面にぎゅっと打ち付けると、ドラゴンに光の鎖がまとわりついて、頭を低い位置に固定した。


「時間省略のために少しだけ口を開いて待ってて」


 キスと聞いて唇をすぼめて待ちそうだった私は慌てて「お」の音を出すときと同じくらいの口を開いた。そこに雨月の顔がぐいぐい近づいてくる。


「大好きだよ」

「――!? んちゅ、ちゅぷ……ぬぅ……」


 まさかの告白からのキス、目を丸くする私の唇に雨月の唇が重なり、そのまま舌が私のそれに触る。雨月の左手が私の頬に触れる、むさぼるようで流し込むようなそんなキス。


「「ずちゅ……にゅぶ……じゅるぅ……」」

「長くないですかぁ!?」


 エレノアの声に思わず見つめあったままだった視線を左にずらすと、雨月の右手に握られているはずの包丁が光輝いて溶けるように消えていった。

 それと同時に私の右側からまばゆい光があふれだす。


「っぷは……ごちそうさま」

「雨月……え、その、おそまつさま?」


 心臓がすごくバクバクしている。私と同じ顔の雨月があんなに女って感じの顔をしているということは、私もそんな顔をしていたんだろう。

 頭を振って気持ちを落ち着かせる。一呼吸置いてから右手に握られたそれを改めて構える。一度中華包丁のような形を経由したせいか、切っ先は鋭くなっておらずこれは刺身包丁というより……。


「ケーキ入刀のナイフみたいだね。特大の」


 剣といって差し支えない刀身の長さになった。


「グォオオオオッッ!!!」


 おあつらえ向きというか、ドラゴンも鎖を千切って雄たけびを挙げる。

 持ち手まで伸びたそれに、雨月も手を添える。


「入刀、しよ」


 ドラゴンがこちらに迫ってくる。なのに不思議と怖くはなかった。二人で振り上げ、振り下ろす。たったそれだけて、体感的には長かったドラゴンとの決戦は幕を閉じた。

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