異世界でも姉妹の仲は揺るぎません~包丁片手に英雄譚~

楠富 つかさ

プロローグ

 包丁。それは現代の刀。キッチンという戦場で食材を切り裂く銀色の輝き。我が家には高祖父の代から家宝として受け継がれている包丁がある。銘はないのだが、驚くほどの切れ味を誇る。それが二丁。私、石倉晴日と双子の妹、石倉雨月は十六歳になってようやくその包丁に触れることを許された。なにせ抜群の切れ味な上に家宝なのだ。子供のうちから触るのは危険。それは百も承知だ。だからこそ、持つことを許されたことが嬉しかった。

 しかし、その包丁は私たち家族の家宝にとどまらない……私たち双子の日常生活を一変させる、予想だにしない現実をもたらすものでもあった。



 その包丁を使って初めて私と雨月が夕食を作った夜。食卓にはキャベツの千切りが添えられたオムライスと野菜たっぷりにコンソメスープが並んでいた。たまねぎのみじん切りもジャガイモの芽取りも人参の乱切りもすべてがスムーズすぎて驚くほどだった。

 食卓を囲むのは私たち双子と両親そして祖母の五人。おじいちゃんは私たちが生まれてすぐに亡くなってしまった。家族で男性はお父さんだけ。食前食後の挨拶はお父さんの役目。私たち双子は十歳になる少し前から料理を始めた。我が家が食堂を営んでいることもあって、食事や料理が大好きなのだ。今日も自分たちの料理に大変満足しながら食べ終えると、それを待っていたように父がゆっくりと口を開いた。

「実はだな、晴日、雨月、お前達に言わないといけないことがある」

「どうしたの? お店、赤字?」

 雨月が心配そうに尋ねる。うちはお客さんこそ多いが、食材へのこだわりが強い。赤字だと言われても驚かない。

「俺の曾じいちゃん、つまるところ……あの包丁を残した先祖はな……、その、異世界でドラゴンを倒した勇者なんだ」

「「……は?」」

 私と雨月が同時に声を漏らした。流石に声以外のものは漏らさなかったが父に軽く失望すら覚える。何を言い出すんだと。

「曾じいちゃんの妹の末裔で今、二十歳くらいになる娘からこの水晶玉を通してメッセージが送られてきたんだ。この水晶玉も曾じいちゃんの遺品でな、どうやら再びドラゴンが暴れているから救って欲しいってことなんだ」

 なるほど、転生ものではなく転移ものか……。いや、何も分からない。うなる私と対照的に、雨月が口を開いた。

「えっとさ、おじいちゃんのおじいちゃん、そのお父さんが同じ人っていう間柄なんだよね。ほぼ他人じゃん。助けなきゃだめ?」

 我が妹ながら随分とぶっちゃけたことを聞く。確かにほぼ他人のためにドラゴン退治とか怖すぎだし何ならお父さんに行って欲しい。そしたらお父さんを誇りに思えそう。いや料理人としては既に尊敬しているけれど、それ以外にもう一声欲しい、みたいな。

「ほぼ他人なのは、否定できない。がしかし、実質分家である我が家は本家筋であるあちら側に絶対服従な理由が一つだけある」

「「なにそれ?」」

 お父さんは視線を台所に移す。

「あの包丁って実は異世界のまじないがかけられていて、切ったものを沈静化するんだ。食品を切れば鮮度が保たれ、竜を斬れば鎮めることが出来る」

 まさかと思い、私たち双子はお互いの顔を見る。

「あの包丁、折れた聖剣ドラゴンキラーを打ち直したものなんだ」



 これは聖なる包丁を継承した双子の姉妹が、ドラゴンを鎮めるべく異世界をなんやかんやする存外不真面目な英雄譚の断片である。

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